本日、私は、ウズベキスタンだけでなく、中央アジア全体のエネルギー戦略について話す。中央アジア諸国にとって、エネルギー政策は、経済発展と地政学的安全保障における重要な要素である。エネルギー戦略の策定においては、どの油田やガス田を、いつどのように開発するか、それらの原油やガスをどのようなルートのパイプラインで輸送するか、そしてどのように外国からの投資を呼び込むかといった様々な諸点を総合的に勘案しなければならない。
ウズベキスタンは、金融危機後の世界のエネルギー市場の動向に注目している。今後の見通しについて、中央アジア諸国には、悲観的見通しを立てる人々がいる。悲観的観測とは、リーマンショック以降の経済危機は現在でも続いており、近い将来に解決される見通しもたたず、欧米先進国とアジア諸国の経済は今後も危機を深めていくだろうというものである。こうした悲観的観測を提示する人々は、今回の金融危機は、周期的な景気の変動に基づくものではなく、金融資本主義モデルの行き詰まりがもたらしたものであり、したがって、危機は長期化し、世界のエネルギー需要が短期間に増大することは期待できないと考えている。
これに対して、中央アジア諸国には、世界のエネルギー経済の発展について楽観的な見通しを持つ人々もいる。彼らは、現在の経済危機は短期的なものであり、世界における石油とガスの需要はこれまで増え続けてきたし、今後も増えていくと考えている。その理由として、彼らは、炭素エネルギーに本質的に取って代わるエネルギー源が開発されていないことをあげている。また、福島第一原子力発電所の事故によって、世界的に原発の安全性に対する疑念が広がっていることも、石油とガスの需要が伸び続けるとの予測の根拠としてあげられる。ドイツに顕著に見られるように、ヨーロッパ諸国には原発廃止の気運が高まっている。したがって、これまで原子力発電所が発電していた電力を、石油・ガスによる火力発電で充当する必要が生じる。
こうした楽観的な予測は、国際エネルギー機関(IEA)の調査によっても裏付けられている。それによると、全世界の石油消費量は、2011年に900万バレルを超える。また、エクソン・モービル社は、天然ガスの消費量は、石油の消費量の約3倍の速度で伸びるであろうと予測している。中国を始めとする新興国が、ガスの消費を増やしているからである。加えて、先進諸国において、老朽化した石炭燃料の火力発電所を、ガス燃料の火力発電所に更新していく流れもある。2030年までに、世界のガスの消費量は、2000年に比べて2倍になると言われている。
中央アジアのエネルギーは、今後、世界全体にとってますます重要なものとなる。その背景として、これまで世界の主要なエネルギー供給源だった、中東・北アフリカの不安定化があげられる。世界の各国は、それぞれのエネルギー安全保障のために、中央アジアのエネルギーに注目するようになるのである。
また、中央アジアのエネルギーが持つ可能性として、その埋蔵量が今後さらに増えるだろうということも重要である。これまでの主要なエネルギー供給地は、埋蔵量の枯渇に向かっている。例えば、ヨーロッパの主要なエネルギー供給地である北海油田は、既に産出量の減少に向かっている。また、サウジの石油は、ウィキリークスの情報によると、約10年後に毎日1200万バレルでピークに達するとされる。一方、中央アジアのエネルギー開発はこれからである。中央アジアのエネルギー開発を進めていくためには、まず、中央アジア諸国の埋蔵量を把握することが必要となる。また、新規の油田・ガス田を発見することで、把握される埋蔵量を増やすことも重要である。
カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの各政府が評価する自国の石油・天然ガス埋蔵量は、西側の調査機関の評価よりも概して高くなっている。例えば、ウズベキスタン政府は、自国の天然ガス埋蔵量を約350万リューベと見積もっており、これは英国のBP社の評価の約2倍である。私たちは、外国の埋蔵量評価よりも、中央アジア各国の政府の評価の方がより現実的であると考えている。カザフスタンには、ここ30年間にユーラシア大陸で発見されたなかで最も大きな油田があり、トルクメニスタンには、世界第4位の天然ガス田がある。ウズベキスタンでは、アラル海の陸棚で発見された油田に期待が集まっている。
中央アジアのエネルギー戦略にとって、もう一つの重要な、そして、特有の要素は、中央アジア諸国のどの国も海への出口を持っていないことである。したがって、中央アジアのエネルギーの主な輸出先は、ロシア経由のパイプラインで陸送できるヨーロッパ諸国となる。もう一つの陸送できる市場としては中国があげられ、南側のインドやパキスタンへの輸出も考えられる。ただし、インド・パキスタンへの輸出については、パイプラインをアフガニスタンに通さなければならず、同地の不安定な状況が危険要因となる。また、イランをめぐる複雑な情勢も懸念しなければならない。したがって、中央アジアにとって、主なエネルギー輸出先はヨーロッパと中国となり、この両地域の情勢に注目しなければならないのである。
現在、ヨーロッパに中央アジアからの石油・ガスが輸出されており、今後ともヨーロッパにおける石油・ガスの需要は伸びると期待されている。また、CPC(Caspian Pipeline Consortiumカスピ海パイプライン共同事業体)のメンバーは、2010年12月15日に通油能力拡大の合意に調印し、2014年までに通油能力を年間6700万トンにまで拡大することになった。
ヨーロッパ市場にもリスクはある。その一つは、EUの経済成長の見通しである。スペイン、アイルランド、ギリシア、ポルトガルなどが財政危機に直面しており、フランスとイタリアも財政危機に直面する可能性がある。そのため、ヨーロッパにおけるエネルギー需要がそれほど伸びないという懸念がある。2009年のリーマンショックの際にも、ヨーロッパにおけるガス需要は7%も落ち込み、世界のガス生産量は3.4%落ち込んだ。これは、中央アジア、特に、トルクメニスタンのガス生産にも大きく影響した。また、トルクメニスタンのガス輸出については、ロシアのガスプロムとの確執も問題である。これは、トルクメニスタンからロシアへのガス・パイプラインの爆発事故をめぐる争いである。これによって、ロシアにおけるガス消費が減った。さらに、中東・北アフリカの不安定な状況も、石油価格の高騰を招いており、ヨーロッパにおけるエネルギー消費にマイナスの影響を与えている。そして、ヨーロッパにおける省エネ技術の発達も、中央アジアなどのエネルギー供給国にとってはマイナスの要因となる。その結果、ヨーロッパにおけるエネルギー消費の伸び率は、アジアを大きく下回っているのである。
一方、中国は、近年積極的に中央アジアの資源に目を向けている。「世界の工場」となっている中国は、製造業に多くのエネルギーを必要としており、中国の産業構造自体が、欧米や日本と比べて多くのエネルギーを必要としている。その反面、中国国内の油田の生産が抑えられており、したがって、エネルギーの輸入を増やしている。中国のエネルギー市場に対するリスクは、欧米の経済危機と同時に経済危機に見舞われるのではないかというリスクである。つまり、欧米の不況が中国製品の消費低下を招き、それが中国産業の低迷につながるのではないかという懸念である。この懸念が現実のものとなると、中央アジアから中国へのエネルギー輸出も低迷してしまう。
中央アジアのエネルギー産業の現状として、2010年に資源開発とパイプライン建設をめぐる競争が、ヨーロッパとロシアの間で激しくなったことが指摘される。ヨーロッパは自分の資金と中央アジアの技術を用いて、より利益の上がる資源開発・パイプライン建設を進めようとしているが、ロシアは未だに中央アジアのエネルギーを独占したいと考えており、ヨーロッパに対してもロシアのパイプラインを使うように求めている。この競争が、中央アジアのエネルギー産業に影響を与えているのである。
パイプラインのルートに関して、中央アジア諸国と国境を接している中国は、ヨーロッパ諸国に対して有利な立場にある。ヨーロッパは、中央アジアからガス・石油を運ぶために、第3国を経由したパイプラインを敷設しなければならず、経由国の政情不安などから大きな影響を受ける。ウクライナとロシアのガスをめぐる争いも、ヨーロッパへのエネルギー供給に大きな影響を与えた。これに対して中国は、カザフスタンとの国境を介して、ウズベキスタン、トルクメニスタンのガス田にパイプラインをつなげることができる。これは非常に有利な条件である。加えて、中国は、中央アジア諸国との協力に際して、政治的な条件をつけることもしていない。アメリカやヨーロッパは、中央アジア諸国との協力関係に、人権問題などの何らかの政治的条件を課してくることがある。これが、アメリカ・ヨーロッパと中央アジアとの協力関係を阻むこともある。
さらに、中国の外貨準備高は非常に高くなっている。この外貨準備高を、中央アジア諸国への援助に使うことができる。中国は、トルクメニスタンのガス開発に対して積極的な援助・融資を打ち出している。中央アジア諸国は、欧米、中国、ロシアの間の中央アジアのエネルギー開発・確保をめぐる競争を見込んで、それぞれの国のエネルギー政策を決定していくことができると私は考えているのである。
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