アジアは凄まじい勢いで経済発展を遂げており、今や世界の中心とも見られるようにまで成長してきた。このような経済力の増大と共に、軍事力も強化し、政治的な影響力も高まってきた。アジア域内では、経済発展や経済統合という観点での議論は活発に行われているが、政治発展についての話題になると未だ口を閉ざしてしまう傾向が見られる。今回のスピーチでは敢えてこの話題に触れて、お話を進めたいと考えている。
1989年9月に起きたベルリンの壁の崩壊、そして、1990年のパリ憲章の採択という一連の変遷の中で、冷戦は終結し新生ヨーロッパが誕生していった。そこでは、市場経済、民主主義、人権という概念がより重要視され、政治と経済がバランスの取れた形で発展していくというシステムが構築された。このような民主化の流れはその後、アフリカ、中南米、太平洋島諸国へと拡大していったが、アジアには波及しなかった。
1975年のベトナム戦争終結後、多くのアジアの国々、特に東アジアの国では、政治的な発展ではなく、経済成長に重点をおいた取り組みがなされてきた。これは冷戦後の欧州の状況とは大きく異なる点である。今もってアジアの非民主的な国家は、民主政治の確立が急務であると感じていないようである。
興味深いことに、韓国、フィリピン、マレーシア、シンガポール、インドネシアなどの国は、独裁体制の下でも経済発展を遂げてきたという歴史がある。現在の中国の経済発展もそうであるように、独裁政権がすべて悪であるとは見られていない。経済成長こそがアジアの国々の第一義的な目的であり、その経済の果実が得られている状況下において、政治的な発展は特に議論の対象とはなってこなかった。
経済的な成長ばかりに重きを置いてきたアジアの発展概念は、今や政治と経済の不均衡をもたらしており、世界の中でも最も民主化の遅れた地域となりつつある。インドネシアでは、スハルト政権のもと、劇的な経済成長を遂げてきた。しかし、アジア通貨危機と共に経済は落ち込み、経済発展のみを頼りに政権維持を図ってきたスハルトは辞任に追い込まれた。その後は、民主主義が重要な改革の柱として位置づけされ、過去10年間でインドネシアの民主化は大きな進展を遂げた。現在、インドネシアは経済と政治の均衡ある発展を目指し、一層の改善を行っているところである。
ASEANは経済発展や経済協力にのみ焦点を置き、政治や安全保障面での協力については言及を避けてきた。現在ASEANには民主国家とそうでない国とが存在し、経済発展という側面のみならず政治的な観点からも大きな格差が見受けられる。より強固なASEANを構築していくには、経済のみならず政治的な発展も支えていくという均衡ある発展を追及していくべきである。
インドネシアは2002年に、政治や安全保障の分野においてもASEANは協力体制を確立していくべきだとの提案をし、その後、民主主義、人権、良い統治を促進していくという方向性がASEANの中でも芽生えてきた。しかし、その現実的な進展にはまだ時間がかかるであろう。2015年までにASEANの民主化が達成されるとは到底考えにくく、ヨーロッパが1975年のヘルシンキ宣言から1990年のパリ憲章まで15年を費やしたことを考えれば、2028年までの民主化実現を期待するのが現実的ではないだろうか。
インドネシアは2008年にバリ民主主義フォーラム(BDF)を立ち上げ、民主主義の促進をアジアの重要な戦略的アジェンダとすることに尽力している。当初、32カ国であったBDF参加国の数は、2010年には53へと増加し、大きな関心を集めることとなった。現在では、非民主国家においても政治的な発展を無視することは出来なくなっている。現在の中東や北アフリカの状況から多くを学ぶことができれば、アジアの民主化の動きもさらに加速するかもしれない。
民主化を果たしたアジアの国々は協力して、民主化を望む国々に対して支援の手を差し伸べていかなければならない。インドネシアはエジプトの民主化プロセスにも積極的に関わっており、日本もこの動きに協力して頂いていることに感謝の意を表したい。今後も日本と協力して、エジプトの民主化のお手伝いをしていきたいと考えている。
経済発展のみならず、より民主的なアジアへと導く政治的な発展も同時に必要であり、それらが等しく進むことで、経済成長の果実が真に享受され、アジアの人々は平和で安全な暮らしを送ることが出来るのである。そうした努力を重ねていくことで、アジアは世界でも中心的な役割を担うことが出来るし、21世紀をリードしていく地位を得ることが出来るのである。
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