JIIAフォーラム講演要旨

2011年10月11日
於:日本国際問題研究所

ベイツ・ギル

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)所長

「東アジアの安全保障・安定における中国の今後の役割」


中国が東アジアの平和と安定に果たす役割は、せいぜい中立的、悪ければマイナスのものになるだろう。私のこのような見解について、中国国内の意思決定過程を中心にお話ししたい。

中国では来年、共産党政治局委員25人のうち14人が、なかでも最高指導部を形成する政治局常務委員9人のうち7人が引退する。こうした権力移行期には、政治家は大胆な改革を避け、保守的になる。この傾向は対外政策において、とりわけ顕著であろう。今後2,3年のうちに中国は非常に重要な権力移行を経験することになるが、このことが中国のあらゆる面に影響を与えるだろう。

中国の東アジアにおける安全保障政策を考慮する際には、まず、党指導層の行方を観察する必要がある。来年、常務委員会に入ると目されている9人のうちでは、大連市長や商務部部長を歴任し現在、重慶市党委書記を務めている薄煕来を除いては、皆、国際経験に乏しい。中国で指導的ポストを得るには、国際経験よりも、党に忠実であるか、党の有力者と強力な関係を有しているか、地方や党の要職を経ているかといった要素が重要である。さらに言えば、地方での経験については、より国際的な東部よりも内陸のほうが重視される。しかしながら、例外的に国際経験を有する薄煕来については、中国の伝統から外れた野心的政治手法が災いし、常務委員選から脱落するのではないかと思われる。

中国の安全保障政策に影響を与える国内意思決定過程は、多様な主体が関与する複雑なものとなってきている。組織のほか個人も、時に、中国従来の政策決定過程の主流から外れたような利害の表明を行っている。多様な主体が利害を表明することは、中国の成長を考えれば当然の帰結といえよう。問題は、このように断片化された意思決定過程がうまく管理されていないことである。「第5世代」になっても、この問題が改善するとは思われない。このような状況は二つの問題を生じる。第一は、調整すべき利害が多すぎて、外交において大胆な指導力を発揮できないことである。政策決定に時間がかかり、出てくる政策は骨抜きになりかねない。第二は、政策決定過程に影響力を有する特定の集団が現れることである。これは組織力があり、官僚を巧みに操る経験を有し、情報収集能力に長けた集団 ―― つまり人民解放軍(PLA)と党宣伝部である。PLAや党宣伝部が、革新的な外交政策を打ち出すとは考えにくい。従って少なくとも短期的には、東アジアの安全保障における中国の役割はマイナスのものになると考えられる。

意思決定過程の断片化から生じるもう一つの懸念は、異なる主体が代わる代わる主導権を握るために政治的意思決定がコントロールできなくなることである。例えば2001年4月に海南島周辺上空で米海軍EP-3E電子偵察機が中国軍戦闘機と空中接触した事件の背後には、強硬姿勢で知られる同島空軍基地の影響が指摘されている。この基地は事件後にも、外交部や党中央の調査を妨害したといわれる。尖閣諸島付近で海上保安庁の巡視船と中国漁船が衝突した事件も、国家海洋局の海監総隊が既定の外交路線を無視し、権限を越えて行動した結果である。

中国が国内で直面する深刻な政治、経済的課題も、同国が東アジアの安全保障に果たす役割を悲観的なものにする。経済格差や少数民族問題等から生じる政権への不満は、党指導部に大胆な対外政策をとらせる契機となるものの、これはナショナリスティックで挑発的なものとなって表出する懸念が強い。

以上の点を考慮すると、国際社会は当面、内向きでナショナリスティックな中国、保守的だが自己主張の強い中国と向き合うことになるだろう。この自己主張は、党指導部が決定する政策であることもあれば、中央の意思決定から外れた「事件」となって表出する場合もあるだろう。対内的にも対外的にも自らの役割を規定しきれていない中国政治指導層の状態から判断すると、中国が東アジアの安定に果たす役割は中立あるいはマイナスのものと言わざるを得ない。国際社会にとって、今後2〜5年間は、中国との付き合いは難しいものになるだろう。

以 上