報告1:李 小雲 中国農業大学人文発展学院院長
(1)西欧の援助理念と中国の援助理念
西欧諸国の開発援助の基礎には、歴史的に形成されたその非西欧諸国に対する認識、見方がある。
西欧諸国の人々は、かつてその他の地域の人々を「野蛮」な、「未開」な人々とみなした。植民地主義とは、西欧諸国によるそうした「文明」と「非文明」の二元的な見方に基づくものであった。植民地時代が終焉した後も、西欧諸国は同様の二元的観点から、その他の地域の人々を「文明」的にするために様々な「関与」を行った。トルーマンの「ポイント・フォー」(開発途上地域向け援助)計画は、文明に対する非文明という西欧の認識を体制化した。これを契機として世界銀行が設立され、国際援助機構が制度化された。さらにマーシャル・プランが西欧の経済復興において大きな成功をおさめたことにより、西欧の「関与」主義による国際開発がさらに強化された。「人類学」や「近代化論」は西欧のこうした志向と行動に理論的な基礎を与えた。
一方中国には、このような「関与」主義から援助を行うという発想はなかった。朝貢関係がそうであるように、中国は自身の制度を他国に移転することを通して影響力を拡大しようとはしてこなかった。
歴史的にみた場合、中国の援助は政治的、社会的な「プレゼント」としての性格を持つものであったといえる。とりわけ1960年代や70年代において、中国の援助は、旧植民地国家の国家建設、経済的自立を支援しようとする意図から行われたものであった。それは道義的、社会的な考慮からのものであり、「開発援助」とは異なる概念のものであった。このように歴史的に理念を比較すれば、西欧と中国には大きな違いがあることがわかる。
だが中国のこうした考えは現在では変化している。その背景にあるのは中国の急速な経済発展である。これにより、中国の対外援助の理念は二つの方向に沿って変化している。
第一に、中国の援助は、先進国からの援助の恩恵を得て発展してきた一国家として、同様の支援を発展途上の国々に対して提供する義務を有しているという認識から、より国際社会の共通の発展観に基づいた援助へと徐々に変化していくことになるだろう。このことは、中国と日本、中国とその他DACメンバー諸国が協力して援助を行う領域がますます拡大していくことを意味している。
第二に、中国の援助は以前の「プレゼント」としての性格のものから、「地域の発展」を考慮したものへと変化している。中国にとって市場は必要であり、グローバル化も必要である。そうであるならば、中国の援助が他の地域の発展を促進することは、長期的にみて中国にとってもメリットのあることである。それゆえに中国の援助は、地域を、被援助国を如何にして効果的に発展させられるかということを重視するものになってきている。
(2)中国の援助政策の特徴
第一に述べたいことは、中国の援助政策における基本原則は「低コスト」であるということである。この点から言って、中国がDACのシステムの中に完全に参入することはまだ難しい。なぜなら、西欧の援助のコスト、とくにその管理コストは非常に高いからである。
中国の援助は、被援助国が直接的に受益できることを第一義的に重視し、入札コストや技術コストを低く抑えている。この点で、中国の援助方式には一定の合理性がある。むろん問題がないわけではない。援助管理の改善や質の向上が今後の大きな課題である。
第二に、中国の援助の内容のうち生産性向上のプロジェクトはすでに非常に少なくなっており、現在ではインフラ建設や社会発展関連のプロジェクトがほとんどを占めている。衛生・健康、飲用水、新型エネルギー等の問題に対処した各種の協力もすでに開始されている。こうしたことは、中国の援助の領域は経済・社会の総合的な、持続的な発展を目指すものへと広がりつつあることを示している。こうした趨勢は、国際社会の趨勢と軌を同じくするものである。
第三に、中国は近年とくにマルチの協力、とくに国連機関を通した協力を重視してきている。中国はこれまで、国連食糧農業機構(FAO)に3000万ドルを寄贈するなど多くの信託基金の設立に協力してきた。
むろん中国とその他の国の援助には計画、項目、評価等様々な方面において違いがあるし、それ故に中国は国際社会から誤解を受け、批判を受けている。私の主張は、中国の対外援助を評価するに際しては、まず中国の援助を歴史と現実の両方の視角から見てほしいということである。中国の援助は総額で見てオーストラリアと同程度であり、一人当たり平均でみれば非常に小さい。その意味では決して大きな援助国ではないし、近いうちに巨大な援助国になることもないだろう。中国が自身の国際協力を「南北協力」ではなく「南南協力」と位置付けているのはこうした理由からである。
報告2:小林 誉明 JICA研究所リサーチ・アソシエイト
(1)中国対外援助のヴォリューム
2011年4月に発表された『中国の対外援助白書』では、これまで中国が行ってきた援助の累計額(2009年末までに2562.9億元)が示された。ここで示された「援助額」とは、中国商務部が行う無償援助、無利子借款と中国輸出入銀行(輸銀)が行う優遇借款(soft loan)の合計である。中国が公表している援助額には国際機関への拠出分や債務の削減分が含まれていないため、DAC諸国のデータと単純な比較はできないが、公表数字だけで見ても、ここ数年でDACドナーの供与額の平均と肩を並べるレベルに達していることがわかる。日本の援助額との比較でみれば、2006年に約3分の1であったのが、2009年までに約半分の水準まで急激に迫ってきている。
一方で中国は1979年より現在まで相当量の援助を受け入れている。それ故に中国の援助は「南南協力」の枠組みで行われる。この一点でDACの伝統ドナーとは大きく異なる。
厳密な意味で言えば、中国は「新興ドナー(emerging donor)」ではない。援助の拠出自体は1950年代より始まっていたからである。むろん、援助額を急激に伸ばしていることは確かであり、現在は援助額が被援助額を上回っているとみられる。その意味で、「re-emerging
donor」ではある。
(2)西欧、日本、中国の共通点と相違点
西欧の援助に対する中国の援助の特徴は、ローンを多く用いる点、インフラ建設のプロジェクトが多数を占める点、タイドの援助である点、コンディショナリティを付帯しない点、およびDACなど国際的な協調枠組みから一定の距離を置いている点に求められる。
これらの諸特徴、とくにタイドである点やコンディショナリティを課さない点はたびたび批判の対象となってきた。だがこうした批判は、日本がかつて浴びせられていたものと近似している。新興ドナーであったころ日本も、タイドの援助を多くの場合コンディショナリティを付帯せずに行っていた。すなわち現在の中国の援助は、西欧ドナーとは大きな違いがある一方で、新興ドナーであったころの日本の援助とは多く点で共通点を有している。
(3)カンボジアの事例
ではこうした特徴を持つ中国の援助は、援助の受け手の側からはどのようにみられているのか。中国の援助に関しては、伝統ドナーの視点から、既存の規範との差異について批判が浴びせられることが多いが、より重要なのは被援助側がどう見ているかということであろう。この点に関してJICAがカンボジアを事例に行った調査を以下で紹介したい。
カンボジアはとりわけ援助への依存度が高い国として知られている。1991年に内戦が終了して以来多くのドナーがこの地に殺到している。そのカンボジアに対し2002年ごろから急速に援助額を増大させているのが中国である。伝統ドナーの多くはこれに懸念を表明している。特に指摘されているのが援助の断片化(fragmentation)の問題である。ただでさえドナーの数の多いカンボジアにおいてさらに、既存の国々と協調行動をとらない新規ドナーが参入することになれば、被援助国が対応しなければならないプロジェクトの数が過剰に増大し、その分「取引費用」が増加してしまうため、援助の効果が相殺されてしまうというのが通説となっている。
だが現地で行った調査の結果は、そうした通説とは異なるものであった。伝統ドナーの多くは保健セクターや教育セクターなどの社会部門に対し援助することを好むのに対し、中国の援助の多くは道路・インフラセクターに集中している。断片化が生じていたのはむしろ前者の部門の方であった。中国は援助の断片化に寄与するのではなく、援助の手薄な部分を補完する形で参入していた。
中国の援助の利点は、インフラ建設におけるスピードとコストの低さにもあり、こうした点も途上国から高く評価されているようである。
コメント1:北野 尚宏 国際協力機構東・中央アジア部部長
この会議の前日まで、釜山で開催された援助効果に関するハイレベル会合に李小雲教授らとともに出席していた。会議では、中国の援助の動向に対し参加者が高い関心を示していたことが印象的であった。
会議の中の一つのサイドイベントにおいて報告を行った中国商務部の副局長は、自主発展能力の向上を支援すること、援助の構成を最適化すること、無償の割合を多くすること、より貧しい国に重点的に援助すること等を特に強調した。こうした方向性は、先進諸国や国際機関が目指しているところと合致するものである。
とはいえ、農業やインフラ建設を特に重視する中国援助の従来の方針が変わったわけではない。日本を含む世界各国は、改革開放以後中国に対し多くの借款を提供した。とくにインフラ建設に対する援助は、中国の現在の経済発展の基礎になっている。中国はそうした自らの体験を踏まえて、アフリカ等に対しインフラ建設を重視した対外援助を行っているということだろう。
また日本等による対中インフラ建設援助は、新しい技術を提供すること等を通して中国の企業を対外援助の担い手として育てたという側面もある。例えばエチオピアでは、現在中国輸銀が提供する優遇借款により高速道路が建設されているが、そこでは中国企業が日本等先進国から得た技術と経験が活かされている。
中国における企業を主体とした援助に問題がないわけではない。中国が援助先で建設を進めている経済技術開発区における立地企業のほとんどは中国籍である。世界銀行が指摘しているように、これでは現地の企業がなかなか育たない。開発区をよりオープンな形にする必要がある。
また、中国企業の行動はアフリカ諸国等で現地社会と様々な摩擦を生じさせている。こうした問題に対し中国政府は、対外投資国別産業ガイドラインを発表し、企業に対し相手国政府の必要に合致した形で投資を行うよう指示するなどの対策を講じている。
コメント2:毛 小菁 商務部国際貿易経済合作研究院発展援助研究部副研究員
『中国の対外援助白書』では、中国の援助政策の基本内容として、被援助国の自主発展能力の向上を支援すること、いかなる政治条件も付帯しないこと、平等互恵・共同発展を堅持すること、能力に相応した援助を全力を尽くして行うこと、および時代に合わせて改革・革新を続けていくことの5つを明示した。これら内最初の3つは、1964年に中国が打ち出した8項目の原則と一致するものである。すなわち中国は、一貫してこうした原則を堅持してきたということである。後者の二つは、中国のこれまでの経験を踏まえて追加された内容である。
西欧諸国の多くは、とりわけ中国の政治条件を付帯しないという政策に対し疑問を呈し、また批判している。中国がこうした理念を採用するのは、現在の多くの被援助国と同様、中国もかつて半植民地であった歴史を有しているからである。そうした経験を持つ中国にとって援助を通じて外国の内政に干渉するということは決して採り得る政策ではない。
平等互恵・共同発展を堅持するという理念は、中国の国情を踏まえて生み出されたものである。現在でも中国は最大の発展途上国であり、GDP世界第二位とはいえ一人あたりでみればまだ低い。この点で先進国と大きく異なるのである。
中国自身の発展の経験も、中国の対外援助政策の形成に影響を与えている。インフラや農業などの各種部門に対する対中援助は、中国の発展に大きな役割を果たしてきた。現在中国がおこなっている対外援助は、そうした自身の経験を踏まえたものである。それ故にインフラや農業といった分野が中国の対外援助の重点に置かれているのである。
能力に相応した援助を行うという理念は、60年に及ぶ中国の対外援助の歴史の総括から生まれたものである。60年代における中国の対外援助は、自身の国力を明らかに超えるものであった。中国は現在もいろいろな発展上の課題に直面しており、したがってまず中国国内の発展に注力しなければならない。それゆえ援助は相応の範囲の中で行わねばならない。
以上から明らかであるように、中国の歩んできた歴史、国情は西欧諸国とは異なるものであり、それゆえに中国の対外援助は、西欧諸国の援助とは異なる側面が出てくるということである。
小林研究員の意見にも賛成である。ある援助が有効であるかどうかを知るにはまず被援助国の意見を聞かなければならない。中国の援助は通常まず被援助国から提起され、それから中国が調査を行い、さらに中国がその援助を行い得るかどうかをチェックし、その上で実際に援助を行う。つまり、まず援助国のニーズを踏まえてやるということである。最初に自分たちで計画し、それを押し付けるという形の援助ではない。
小林研究員も比較を通して明らかにしたが、中国の援助の特徴または優位性の一つはプロジェクト性の援助が大きな割合を占めているという点である。DACの援助は技術協力や財政支援が比較的大きな割合を占める。また医療や衛生などの社会分野に対する関心が比較的高い。対して中国のプロジェクト性援助は、例えば鉄道や病院など、実物を提供するという形をとる場合が多い。これらは触れて実感できるものであるがゆえに、影響力が相対的に大きいといえる。
むろん、中国には西欧諸国から学ばなければならない面も多くある。例えば中国は援助評価の点でまだ劣っている。先進国からそれらの点を学ぶためにも、より多くの交流を行っていかねばならない。
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