報告1:周 弘 中国社会科学院欧州研究所所長
(1)ドナーとしての中国の台頭と国際援助社会
現在ホットな話題の一つは、対外援助において「中国モデル」があるかどうかということである。そうした議論は特に、中国の援助が市場、資源、エネルギーの獲得を目的にしたものであることを強調する。中国もかつて被援助国であったが、その援助を通して資金や技術を獲得しただけでなく、様々な制度的、政策的変化を経験してきた。ソ連から援助を受けていたころは、それを通して計画経済体制を構築した。1979年より日本や西欧諸国から援助を受けるようになって以降は、援助の思想、方式、管理などを学んだ。これらは、例えば援助評価のシステムがそうであるように、多くが中国の対外援助のプロセスの中に取り入れられている。したがって、もし「中国モデル」なるものがあるとしても、その中には必ず伝統ドナーの援助体制の要素が含まれているのである。
私の理解によれば、国際援助の最も根本的な目標とはすなわち「発展」である。援助が貿易、資源などと結びついているかどうかではなく、「発展」という根本的な原則に則したものであるかどうかということが重要であり、そこから焦点をそらすべきではない。
なぜ中国の援助は政治条件を付帯しないことを原則とするのか。それは、「発展」の観点から言ってそうすることが不適当であるからである。「発展」とは本来経路依存的なものであり、それぞれの国の発展の道は文化的背景や国情によって異なる。それを無視して別の国家が直接介入すれば、その結果は必ずしも正常な「発展」に結びつかない。ボツワナの例を挙げよう。ボツワナは本来ダイヤモンド等の資源の豊富な国である。だが去年ボツワナに行ったところ、何もなかった。西欧からの援助を受けるに際して、ボツワナは労働法等欧米の理念を条件として受け入れたが、新たな法律の下で人々はダイヤモンドの採掘権をほかの国々に売ってしまっていた。今般の金融危機を受けてボツワナは極めて困難な経済状況に陥っているが、それは援助の付帯条件を受け入れた結果国内の資源を失ってしまったことと無関係ではない。
中国の影響を考える際もう一点考えねばならないことは、中国だけが台頭しているのではないということである。インド、ブラジル、南アフリカもまた同じように援助額を増大させている。したがって中国だけを見るのではなく、援助領域で台頭しているその他の新興諸国を総体として捉え、その特徴を分析すべきである。
(2)中国の発展の国際援助社会へのインプリケーション
DACや世界銀行の援助理念は極めて固定化されたものであった。それはすなわち、市場化の進展がなければ、経済構造調整を実施しなければ、そして「グッド・ガバナンス」がなければ発展の目標は達成できないという考えである。
エチオピアはそうした理念を取り入れた国の一つである。援助国は発展には腐敗しない政府が不可欠であるとして、エチオピアに多党制を導入させた。だが結果として、1990〜95年の間エチオピアの経済は停滞した。それと同じころ、中国をはじめとするアジア諸国は急速な発展を遂げていた。このことは、DACや世銀が考える発展の道とは異なる道が存在するということを明確に示したといえる。この現象について、DACも世銀もより深く理解し、分析しなければならない。その上で、すべての援助国が発展途上国それぞれの国情に合致した「発展」を追求すれば、援助国間の衝突や矛盾は解消され、相互協力を進められるようになるだろう。
(3)日中協力の可能性
中国はマルチの援助に関係する様々な国際組織に参加している。こうした基礎の上に、近年さらにマルチの援助協力を拡大させている。2006年には中国国際貧困削減センター(International Poverty Reduction Centre: IPRCC)を設立し、そのほか、大メコン圏開発プロジェクトや中央アジア地域経済協力(CAREC)などのプロジェクトに参画している。
中国と同様、日本も様々なマルチの援助を行う国際機関の重要構成メンバーである。またそれと同時に同じアジアの国家でもある。それゆえ、こうした国際的枠組みの中で、とりわけ地域的な枠組みの中で互いに協力し合う機会は多く見つけられるだろう。
二国間(バイ)の援助協力を成功させるためにまず重要なのは相互のコミュニケーションである。互いに理解し合い、互いを尊重し、双方の経験や教訓を共有するなかで協力し合えるポイントを探すべきである。
「グリーン・ファイナンシング」(下記大野報告を参照)は非常に良いアイディアである。中国に対する援助は80年代末から90年代にかけて「緑」化、すなわち環境分野に対する投資が増加してきた。中国の対外援助も21世紀の初めごろから次第に「緑」化の傾向を強めている。つまり同じように「グリーン・ファイナンシング」の方向に向かっている。
ただしこの分野での協力にはまだいろいろな課題がある。技術の問題、やり方の問題、組織の仕方の問題等々を解決し、その上で具体的なプログラムを決定していくべきである。
環境分野以外に、中国、日本およびほかのアジアの国々が共有可能な援助方式・理念として「自主発展能力の建設」があると思う。アジア各国でこうした理念がコンセンサスとなるときそれは、DACらが主張してきた「構造調整」、「民主人権」、「グッド・ガバナンス」といった理念に取って代わる影響力を持ちうるものになる。
報告2:大野 泉 政策研究大学院大学教授
(1)中国の存在感の高まりに対する西欧ドナーの反応
援助社会における中国の台頭に対する欧米ドナーによる多国間レベルの対応の代表的なもののとして、2009年に設立された「China-DACスタディ・グループ」が挙げられよう。これの設立の目的は二つである。第一は、中国の成長と貧困削減の経験、およびそれに国際援助社会がどのように貢献してきたかに関する理解を深めること、かつそれを通してアフリカへの支援に対する示唆を得ることである。第二は、中国のアフリカに対する経済協力の経験を学び、中国および既存国際援助社会がより効果的な対アフリカ援助を行うための教訓を得ることである。
2009年から2011年6月までの第一フレーズでは4回にわたりテーマ別に大きなシンポジウムが開催され、中国の開発、発展の経験等について意見交換が行われた。開始されたばかりの第2フレーズでは、中国の援助プロジェクトの現場とDACドナーのプロジェクトの現場を相互視察し、その教訓をラウンド・テーブルで話し合うといったことが行われている。
中国台頭の二国間レベルの対応の一例として、例えばイギリスの国際開発省(DFID)は、2011年に対中ODAを終了させたのち、“beyond-aid”モデルを掲げ、地球規模の課題(気候変動、環境)、アフリカの開発におけるパートナーとして中国を位置づけている。実際にコンゴでは、中国が道路インフラを提供し、イギリスがそこに対して環境・社会配慮の面で技術協力を行うという形で、双方の比較優位を生かすことによって援助の総体的な効果を高める取り組みが行われている。タンザニアでも同様の取組がなされているようである。
ドイツでも、ODAの担当省庁である連邦経済協力開発省(BMZ)を通した二国間対中援助は2010年に終了した。一方、環境、教育、技術などを管轄するその他の省庁が、国際協力公社(現GIZ)を通じ地球規模の課題について中国と国際協力を実施している。
(2)ドナーとしての中国台頭の国際援助社会へのインパクト
中国の台頭は国際援助社会にどういった影響を及ぼしつつあるのか。以下でこれについて①援助の理念への影響、②援助の形態・方法への影響、③アフリカに対する影響、および④日本へのインプリケーションの4つの観点から議論してみたい。
①に関連して、援助理念の違いは、DACかそれ以外の新興ドナー(含中国)との間にあるというよりは、アジアと非アジアの間にあるのではないかとの議論が高まっている。OECDの研究センター(OECD Development Center)は、従来型の人道的な、チャリティーを中心とした開発協力を「国際開発援助(International Develop Assistance)」と名付け、その国が持続的に発展していくためのポテンシャルを支援するアジア型の開発協力を「国際開発投資(International Development Investment)と名付けることで概念整理している。
近年、イギリス、ドイツを含む西欧ドナーの中にも、「国際開発投資」の面から援助を考えていこうという傾向が芽生え始めている。たとえばイギリスのDFIDは、援助は単に人道的な行為ではなく、投資市場の開拓によって将来的に国内企業の利益にもなることを指摘している。ただし、そうした変化の趨勢がどこまで「中国ファクター」によるものなのかは明らかではない。経済危機によって財政状況が悪化しているヨーロッパ各国にとり、ODAが自国民の利益にもつながることを説明する必要性が増しているという側面もある。
②の援助の方法や形態の面では、“beyond-aid” モデルが各所で言及されるようになっている。そこでは、単に貿易、投資へのリンクということだけでなく、成長の経験を共有することの重要性が指摘されている。2011年9月のゼーリック世銀総裁のスピーチ(New
Mindset “Beyond Aid”)では、チャリティーではなく、成長のための支柱をより多く作っていく中で相互に利益を獲得していくことが重要であること、および知識の共有が重要であることが言及された。
③について、アフリカにとって援助社会における中国の台頭は、開発の経路に多様性を付与するという面で利点が大きい。実際China-DACスタディ・グループのアフリカからの参加者の中では、対アフリカ援助における中国の存在感の強まりを歓迎する声が多かった。
こうした利点は、エチオピア援助に顕著にみることができよう。同国では、ドイツから職業訓練、日本から生産品質管理指導、中国からインフラ建設が提供された。このように中国の台頭は、より効果的な援助のための選択肢を増やすという面で良好に働いている。
④について、中国の台頭によってアジア型モデルに対する国際社会の注目が高まってきたということは、日本にとっては歓迎すべきことである。日本はDACのメンバーではあるが、経済成長と貧困削減との関係やガバナンスへの関与等について従来からやや異なる考えを持ってきた。日本は、国際社会のこうした傾向をうまく活用していくべきである。
(3)日中協力の可能性
日本の援助経験は多くの面で中国と共通点を持つ。また同じアジアの国家として地域の安全と展望に責任を負っている。それゆえ日本は、自身の援助経験を中国と共有する中で、またアジアにおいて共通の利益を見出す中で、中国との協力を深めていくことができるはずである。
では具体的に、日中はどのような点から連携の可能性を探っていくことができるだろうか。日本にとり中国はアジアにおけるリージョナルなパートナーでもあるが、そのアジアにおいて重要な課題の一つは環境問題である。日本と中国は、アジアにとって、ひいては国際社会全体の公共財であるところの環境保護のための資金をいかに確保していくか(「グリーン・ファイナンシング」)という点において、利害を共有できるはずである。
1979年より開始された日本の対中円借款は当初経済インフラ中心であったが、2000年前後から環境分野に対する円借款が増加した。2007年の時点で年間10億ドルのODAがこの分野に対し供出されていた。対中援助は2007年をもって終了したが、環境問題の重要性が小さくなっているわけではもちろんない。そうした中、「グリーン・ファイナンシング」のための新たなメカニズムを構築することが、地域的な課題となっている。
むろん、この新たなメカニズムにおいて中国が果たす役割は、かつての被援助国としてのそれとは異なる形になる。ここでは、中国は被援助国ではなく資金提供者である。中国はいわば、公共財の消費者ではなく提供者へと変わることになる。
環境問題以外にも、日本と中国(さらに韓国)は、アジア型の開発理念への注目が集まっている中で互いに連携し合い、その開発理念を国際社会に共同で発信していくということでも、共通の利益を実現していくことが可能であると考える。
コメント1:薛 宏 商務部国際貿易経済合作研究院発展援助研究部主任
中国の対外援助の特徴を研究すること、今後の日中の協力の可能性を研究することは非常に有意義である。ただし、これらの問題は具体的に論じる必要がある。
中国の対外援助の特徴は第一にその使い方にある。中国の対外援助は西欧ドナーの援助と異なるところがあり、実際の規模をデータで示すことは難しいが、財政支出だけで見るならば金額は20〜30億元程度で、さほど大きい額とは言えない。だが、実際にもたらしている効果やパワーはこの金額以上のものがある。それは、援助資金の使用方法における特徴に由来している。
中国は、援助とは被援助国との協力関係の一環であり、協力を促進する一つの要素であるという考えを持っている。たとえば日本の対中援助は、中国の市場において日本の企業が非常に大きなシェアを持つことにつながった。中国は、援助とはこのように相互の利益を促進するものであると考えている。
中国の対外援助にはもう一つ大きな特徴がある。それは、調達制限条件を伴った援助であるということである。中国がこうした方法を採用するのは、現在の国情、国力からいってそれが必要であるからだけでなく、独自の調査の結果国際入札等の方法を用いた場合逆にコストが高まるという結果が得られたからである。
日中協力に話を移したい。日本政府は1979年から中国に対し多額の援助を実施し、その作用は実際非常に大きいものがあった。日本の援助を受ける中で我々は、援助、投資、貿易を緊密に連携させる「三位一体」の援助方式に非常に大きな関心を持った。それ以外にも、例えば「草の根援助」などからも多くのことを学んだ。
日本のコメの専門家は、中国の東北においてコメの生産技術を提供し、当地のコメの品質向上に大きく貢献した。また北京では、リンゴ栽培の専門家が、日本の品種や栽培技術を持ち込んで素晴らしい成果を上げた。こうした例が示しているように、日本の援助にはほかの国にはない多くの長所がある。日本だけでなく、国際社会の各国は自身の長所を活かした援助を中国に対し行ってきた。その中には非常に大きな成果を上げたものもたくさんある。ここで強調したいのは、協力は、それぞれが長所、特徴を発揮し、それを活かしたものであるべきだということである。こうした点から言えば、日中の協力には非常に大きなポテンシャルがあるといえる。
コメント2:北野 尚宏 国際協力機構東・中央アジア部部長
お二人の報告には、マルチの援助、バイの援助両方において中国の影響は高まっていること、日中の協力の可能性を模索していくにあたって対話や相互理解が非常に重要であるということがあったが、現場にいるものとしても同様の感覚をもっている。以下では後者の点に関連して、JICAがこれまで中国とどのような対話を進めてきたかを紹介したい。
2009年12月に緒方貞子JICA理事長が訪中し、李克強副総理と会談を行った。その際李副総理より、グローバル化時代においてもっとも貧しい国への支援は、新しい日中関係において最も重要なテーマの一つであるという発言があった。これが契機となり、以後JICAは中国の商務部の対外援助司、輸出入銀行の優遇借款部といった機関と共同でワークショップを行っている。こうした機会を通して、お互いの理解はずいぶん深まってきたように感じている。
韓国、中国、タイ、日本でワークショップを行うという取り組みも行っている。最近では、2011年の6月に第二回目のアジア開発フォーラムを東京で開催した。ここでは、アジアにおける借款を出す機関、技術協力を出す機関が一堂に会し、アジアの開発経験を共有し、かつそれをどのようにアフリカ等の他の地域で活かしていくかについて議論を深めることができた。
部分的には実際の協力も始まっている。例えば、中国にある日中環境保全センターにアジア諸国の専門家を招聘し、中国が日本の援助を活用して環境改善した経験を共有するといったことが行われている。
ただし日中はまだ対話を深めている段階だと認識している。引き続き様々な交流を行い、信頼関係を深めたうえで、協力の実践という次なる段階に入っていくべきだと考えている。
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