JIIAフォーラム講演要旨

2011年12月13日
於:ホテルニューオータニ

ジョン・アイケンベリー

プリンストン大学ウッドロー・ウィルソン公共政策大学院教授

「米国戦略―覇権衰退に直面するも地球的自由主義は温存―」


近年の中国の台頭はアジア地域の近隣諸国との関係に大きな変化をもたらしているが、この地域の安全保障に貢献してきたアメリカにとっても台頭する中国と近隣諸国の関係の変化には無関心でいられない。イラクやアフガニスタン情勢が一段落したことにより、オバマ政権の関心はアジアに向けられるようになった。本報告では、第二次世界大戦後アメリカが構築した世界秩序が現在どのように変化しつつあるのかについて述べる。とりわけアジア地域におけるアメリカの戦略とこの地域の国際関係の変容に焦点を当て、近い将来の展望を述べたい。

今日、「既存の秩序の終焉」をよく耳にするが、そもそも今までの秩序とは何だったのかを検討する必要がある。第二次世界大戦後、アメリカはリベラルな世界秩序を形成した。それはオープンなルールに則り、各国のパートナーシップを基盤とした制度化された秩序である。アメリカは歴史上、どの国よりも世界秩序の制度化に力を注いできた。国連やIMF、世界銀行といった国際機関はその産物である。アメリカは自らの力を制度やルールを構築することに行使し、各国はその制度やルールをおおよそ公平であり妥当なものとして受け入れ支持してきた。このリベラルな世界秩序は富を生み、安全を保障し、新しい形の協力を促してきた。

アメリカの力が相対的に低下するとき、戦後築かれてきたリベラルな世界秩序に何がもたらされるのであろうか。世界がよりアメリカ的でなくなったとき、リベラルの程度は下がるのだろうか。リベラルな秩序に代わってどのようなオープンな秩序ができるのだろうか。こうした問いに対し、報告者はリベラルな秩序は健在であるだけでなく、オープンなルールを基盤とした秩序への支持層は拡大すると答えたい。台頭する新興国はリベラルな秩序を築く原則に挑戦することはないと考えている。

確かに、既存の秩序や制度は先進国の間では深く根ざしているが、世界全体で受け入れられているとはいえないかもしれない。アメリカが相対的に力を落とし非ヨーロッパ諸国が台頭するなかで、こうした新興国が自らの利害を前面に出してくることがあろう。現に中国は既存の制度を受け入れまいとする行動をとることがある。しかし、その中国でさえ既存の制度の恩恵を受けて成長してきたことを忘れてはならない。中国はアメリカによって制度化された世界秩序の中で発言力を高めようとしていることに注意すべきだ。

リベラルな世界秩序に参加するのは容易だが、転覆させるのは難しい。急速に台頭する中国といえどもリベラルな秩序に代わる秩序を打ち立てることは困難であろう。既存のリベラルな秩序を転覆させるにはさまざまな国と対峙せざるをえないからである。この秩序にはアメリカを始め大小さまざまな国が参加しており、中国も参加している国のひとつに過ぎない。また、台頭しつつある新興国の側が政治ブロックを形成していない現状では、既存の秩序を転覆させるのは困難といわざるをえないだろう。

台頭する中国を受けてアメリカはアジア戦略を転換しつつある。従来、アメリカはアジア諸国と同盟関係を結ぶことで、自らが中心となるハブ・アンド・スポーク型の安全保障関係を構築する一方、中国を排除する政策を採ってきた。しかし、近年顕著となった世界規模の問題(例えば、世界経済の安定、環境問題、格差問題、感染症の防疫など)の解決には中国の協力が欠かせない。アメリカは台湾や北朝鮮、チベット問題といった以前からのものに加え、こうした新しい問題も含めて中国との対話の場を広げ、両国の関係を深化させようとしている。

アジア地域もまた台頭する中国やインドの影響を受け、従来のアメリカを中心とするハブ・アンド・スポーク型の関係から各国がより緊密に相互に作用する関係へと変化している。アジアでは二重のヒエラルキーが形成されつつある。すなわち、アジア諸国は経済面では中国を頂点とし、安全保障面ではアメリカを頂点とする形で密接に結びついているということだ。同時に注意すべきは、アジア諸国はアメリカか中国かという選択をしているわけではないということだ。こうした二重のヒエラルキー構造に安定性があるのかどうかは今後の分析対象となろう。

このように二重のヒエラルキーが形成されつつあるアジア地域において、アメリカのとるべき戦略は「中国に対しては関与しつつも過剰に対応すべきでない」というものである。中国を包囲しようとする厳しい政策は、中国を必要以上に刺激し予期せぬ結果をもたらしかねないだけでなく、そもそも他のアジア諸国の支持を取り付けられない。同時にアジア諸国の安全保障についてアメリカは十分にコミットしなくてはならない。抑制しつつも関与する、バランスの取れた対中戦略が求められている。

今後、アメリカと中国はお互いが協力し合うことで利益がもたらされるということに合意し、お互いが利益を得られるような関係を築いてゆかなければならない。経済面でも安全保障面でも、世界規模で相互依存が高まっている現在、お互いが一緒に利益を得、安全を確保するメカニズムを構築することが求められている。

以 上