JIIAフォーラム講演要旨

2012年2月16日
於:霞が関ビル プラザホール

マイケル・グリーン


 戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問・日本部長

「米国の対アジア外交」


本日、国際的にも高い評価を得ている日本国際問題研究所主催のフォーラムでお話をすることは喜びとするところである。

アジアへの「リバランス」、「ピボット(軸足)」について、そしてそれらの歴史的文脈とオバマ政権の評価について話そう。まず米国国務省は「ピボット」や「アジアへの回帰」との言葉をあまり使っておらず、「リバランス」を使っている。これまでイラク・アフガニスタンへの関与もあったが、米国はアジアを離れたことがないし、TPPや米・アセアン・サミットのようにブッシュ大統領が始めたアジア政策も多々ある。つまり、近年、米国の対アジア政策は超党派的なものなのである。アジアでは中国だけでなくインドも成長してきており、資源や優先順位のリバランスをはかることが米国にとっても重要だからだ。

米国は孤立主義にあり、それが自然な位置であるとも言われるが、これは米国が太平洋に関与してきた歴史からも実際とも異なる評価である。たとえばジェファーソン時代にも米国は中国との交易があったし、その後も米国はスペイン、イギリス、ロシアを押し戻してアジアへのルートを確保してきた。20世紀初頭には、アメリカはアジアへ特に経済的に関与してきた。朝鮮戦争動乱後も日本や韓国などと同盟関係のハブ・アンド・スポーク方式をとり、ソ連を牽制するために中国との関係を維持していた。しかしその後、中国が強硬になってきていることを米国は懸念し始め、日米同盟の重要性を再確認し、インドとの関係も強化してきた。確かに、米国は、力はあっても使用しないという孤立主義に、例外的に2度陥った。第1に南北戦争のあとであり、国内の癒しを求めていた時期であった。第2に、1920年代、30年代であったが、アジアでは活発に経済政策と海洋政策を推し進めていた。当時、アメリカは多国間条約、いわゆる1927年の条約を結び、戦争は起きないだろうとも考えていた。しかし、世界大戦後の冷戦期にはまた米国のアジアへの関与は続き、オバマ政権は力の均衡とアクセスを維持するという米国のアジア関与の伝統を受け継いでいると言えよう。

特にオバマ大統領は中国との協調関係を強めていたが、米国民主党の協調主義は、共和党から見るとあまりにやわらかすぎたように思える。オバマ大統領は中国の国家主席である胡錦濤と、お互いの利益を尊重するという共同声明を出した。南シナ海が中国の核心的利益とも伝えられたが、米国が譲歩することに対する期待が中国で高まった可能性がある。そして、コペンハーゲンにおいて米中が協力をすることができないことがはっきりしてしまったし、尖閣列島の問題が起こり、南シナ海で問題が発生し、北朝鮮による韓国への砲撃まで起きてしまった。米国国内においても、比較的中国に対して寛容であった米国商工会議所の意見に変化がみられる。特に2010年には米国企業に対する中国からのサイバーアタックや米中間の非関税障壁の問題が起こったためである。もちろんブッシュ政権でもアジア政策は多少振れたことはあり、どのように力の均衡を維持するのかは今後米国が試行錯誤するところではある。

また、米国国家安全保障政策に関して、戦略指針が出される一方で、米国国防予算が毎年たとえば日本の防衛予算分減らされると言われているが、共和党側はもちろん安全保障費をあまりに削減しすぎではないかと批判している。共和党大統領候補者であるロムニー氏は特に海洋安全保障を中心に軍事費を増やすと言っている。たしかにイラク・アフガニスタンの作戦における戦費を削り、アジアの防衛予算は維持するとのことなので、911前と同じくらいの予算規模に戻ることだと言える。しかし、ペンタゴンも、危機とまでは言えないが、アジアなどにおいてもっと堅固な防衛能力が必要だと懸念を示している。米国は冷戦期は二方面で打ち勝つ戦略をとっており、クリントン期には一方に打ち勝ち、他方はホールドし、のちに他方でも打ち勝つ戦略をとったが、現在は一方では「スポイル」して、もう一方には打ち勝つという戦略に転換した。皮肉なことに、このような中で、イランによるホルムズ海峡封鎖が懸念されたのだった。

米国のプレゼンスを分散して、より広い範囲でハブ・アンド・スポークの機能を高めていく必要がある。オーストラリア北部やフィリピンにおけるローテーションでの滞在や、普天間への移転にからむ沖縄からグアムへの海兵隊の移転などである。第二次世界大戦後、アジアにおいて前線を維持しないといけないと考えていた米国にとって、フィリピンなどの西太平洋は前線から遠すぎ、第一の基地は日本となっており、第二は韓国になってきた。現在は、中国の潜水海や弾道ミサイルに対して、米国の一部のシンクタンクは中国のA2AD(接近阻止・領域拒否)に対応できるとして、米軍を退かせて、遠方から中国に対して反撃をする戦略を訴えているが、この戦略は日本や韓国などの同盟国を苛立たせた不幸な面がある。米国空海軍は現在戦略を吟味している所であり、エアシーバトルコンセプトの意味もいずれ明確になるだろう。中国から米軍へのサイバー攻撃やミサイル攻撃へ対応していくことは必要である。

米国のアジアにおける貿易戦略の礎はTPPと自由貿易である。環太平洋の貿易圏、貿易自由化を進めていく戦略である。ワシントンの日本への見方はここ数週間で変わった。実際参加するのではないかとも見ている。日米でTPP参加国のGDP合計のうち8割がカバーし、日本の参加はインパクトが大きい。また、TPPは参加国にレバレッジを与え、ヨーロッパとの自由貿易交渉も有利にはじめることができるだろう。また、参加国は中国に対してもよりルールベースの交渉ができるかもしれない。ただし、貿易交渉において米国では行政府ではなく議会が権限をもつ。次の大統領がオバマにせよ、ロムニーにせよ、議会での通過が選挙後のチャレンジになるだろう。

アメリカは多国間関係より二国間関係を好むと言われてきていたが、クリントン政権以降は多国間外交が二国間の外交を補完すると理解されてきている。ブッシュ政権は一方的だと言われたが、APECサミットにもすべて出席している。今後は、EASにおいて何を検討するのかを明確にする必要があるだろう。2014年にはミャンマーが会議主催国になるので、懸念もある。このようなマルチの外交において重要な要素は「価値」であり、同じ志の国が増えることが理想である。

以上のように、アジアにおけるリバランスはアメリカの伝統に基づくものであり、継続可能なものであると言える。また、米国国民も米国に対して特に重要な国々はアジアであると理解してもいるのである。

以 上