近年、国際貿易をめぐる情勢には2つの大きな変化が見受けられる。一つは新興国の台頭であり、もう一つは貿易の拡大によって国家間の相互依存度が高まってきていることである。途上国の発展によって、世界経済の規模は拡大し、今や新興国の経済はGDPや貿易・投資の面において多大な影響力を持つようになっている。生産プロセスの分業化が進み、よりグローバルなサプライチェーンが構築されることで、貿易も拡大してきた。
グローバルサプライチェーンの進展によって、貿易構造はより複雑になっており、それが雇用に及ぼす影響についても詳細な分析が必要となっている。今や数多くの製品は中国で作られ、先進国はそれらを輸入して自国で販売するというパターンが主流になっている。一見すると、このような貿易パターンは、中国の雇用のみを増大させ、米国の雇用にはマイナスの影響を及ぼすのではないかと考えられるが、このような解釈は誤りである。例えば、米国メーカーの情報機器が中国で製造され、それが米国に輸出されて販売された場合の付加価値を見ると、米国は実に中国の4倍もの付加価値を得ているのである。
単なる輸出額と輸入額だけを示した貿易統計から、経常収支の黒字と赤字を判断して、国家間の利害調整を図っていくことは必ずしも好ましことではない。それぞれの財の製造過程にもサービスは付随しており、また、デザインや設計、マーケテイング、販売、保証など製造段階の前後にも多くのサービスが投入されていることを念頭に置いて、どの部分でどれだけの付加価値を得ていくのかという視点での政策的な検討が、より重要となっているのである。
二国間或いは複数国間による特恵的な貿易協定の増加に伴い、関税の引き下げについては大きな前進が見られる一方で、今後は非関税障壁の削減に注目が集まってくるであろう。このような特恵的な貿易協定における貿易の円滑化のメリットは、第3国にも及んでおり更なる貿易の促進に大きく貢献している。しかし、その一方で、原産地規則の複雑化等により、特恵的な貿易協定を利用した実際の貿易額というのは、その協定の数に比してそれほど伸びていないのも現実である。また、特恵的な貿易協定のもとで規定された特別な規制やルールが、今後の多角化に向けた過程において大きな障害となりうることもある。
技術革新やビジネス慣行の変遷、また生産工程等の変革によって、貿易をめぐる環境も刻々と変化している。このような変化にともなって、WTO交渉のアプローチもアップデートしていく必要があるのだろうか。例えば、密接する物品とサービスを立て分けて交渉していくべきなのか、原産地規則の管理の仕方についてもっと革新的な手法はないだろうか、非関税障壁をどう収斂させていくべきか、貿易と投資に関する議論を今後も分断していくべきか、通商政策と競争政策を区別して検討する必要があるのか、そして、貿易救済措置のあり方と有効性について再考していくべきなのではないか、等の疑問について考えていくべきではないだろうか。
近年の貿易構造の変化には、高い技術力と物流能力を有する日本の影響力も大きく関わっているものと思われる。さらに、サプライチェーンの進展は、域内貿易が盛んなアジアが主戦場となっている。その意味でも、多くの知見を有し最先端を走る日本の皆様に、これらの課題について深く考え、答えを出して頂きたいと考えている。安定的で機能的な多角的貿易システム構築の重要性を維持しつつ、その将来のあるべき方向性ついて検討していく上で、今後も日本からの御協力を頂けるものと期待している。
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