JIIAフォーラム講演要旨

2012年5月22日
於:ホテルニューオータニ ガーデンタワー「翠鳳の間」

ジェームズ・スタインバーグ

前米国務副長官

「米国の対アジア戦略的関与と日米同盟の課題」


協賛:日本経済研究センター / 後援:日本経済新聞社


アジアにおけるアメリカの戦略について、政権の立場からではなく個人的な立場から意見を述べたいと思う。過去20年において、アジアは社会、経済、政治、安全保障において驚異的な変化を遂げてきている。社会の変化とそれに伴う混乱があったにも関わらず、なぜアジアでは紛争が増えずに安定してきたのだろうか。過去20年間を振り返り、教訓を導きだし、今後のアジアの安定性について考えたい。

良く言われる理由として2つある。第一に、アジアでは合理的な判断が常になされてきたという考え方である。中国と韓国などのアジア諸国は国内発展に集中するため、国内外の紛争を抑えたというのには一定の説得力はある。しかし、これまで紛争を抑える合理的判断は必ずしも常にとられてはおらず、合理性だけがアジアの安定性の原因とはいえない。

第二に、アジア地域は経済的な相互依存が高いため、紛争が起きないという考え方がある。相互依存が高い各国においては、一国が他国にダメージを与えると、複数の国がダメージを受け、結局誰のためにもならない。しかしながら、歴史上見てもこれだけでは紛争をおさえるものにはならない。たとえば、ヨーロッパ諸国も経済的な相互依存性は高かったが、それだけで紛争が抑えられたわけではなく、第一次世界大戦は勃発してしまった。

それでは、他にどのような理由があるのだろうか。冷戦後過去25年間、特に20年間安定性を持続できたのは、米国の関与があったからというのが元実務家の見方である。冷戦パラダイムの中では、アメリカはパートナーと共に尽力したが、その後1990年代に米国の関与の仕方が再考され、新たな関係を相互に見出すことができた。アジア地域において、日本、韓国、中国、アセアン諸国は、アメリカが一種の傘を提供して直接競争する必要性を抑える中で、繁栄を遂げてきた。もしも冷戦後アメリカが一歩引いていたなら、中国の経済発展と同時に軍事的拡張が起こり、紛争の確立が高まり、アジア地域は不安定化していただろう。しかしながら、アメリカがアジア地域の安定を担保してきた。そして、アジアにおける新しい環境や経済的なルールを決めることができた。

もちろんアジアでもヨーロッパでも米国のプレゼンスに不確実性があったため、同盟国が重要であった。主たる同盟国の日本、韓国、オーストラリアなどや、条約ベースではないパートナーである国のフィリピン、タイなどが挙げられるだろう。

二国間の関係は重要ではあるが、敵国が存在しないときの同盟は何に対応しているのか。なぜアメリカが冷戦後もとどまったのかというと、アメリカがパートナーに与えるだけではなく、パートナーから得るものがあったからである。オバマ大統領とクリントン長官の間でも話されているが、米国が関与する理由は敵国がいるからとは言えない。また、中国がソ連の代替的な理由になるのは間違いであり、中国を封じ込めたり抑止したりしようとするのは、長期的な関与の好ましくない前提であるとさえいえる。我々としては別の考え方を持つべきではないか、と考える。

第一に、中国のアジア地域における役割を鑑みた時に、生産性がない米中関係は好ましくない。第二に、米国のパートナーとの関係も持続可能ではない。そのため長期的にアメリカがこの地域に関与することが、アメリカの経済的メリットがあるのかをアジアの国々に説明できるようにしなければならない。アメリカは東アジアとの貿易だけではなく、投資できる経済環境を整える必要がある。そのため、アメリカはAPEC を重視し、TPPを動かし、アジアの国々と二国間のFTAを結ぼうとしている。このように経済的側面がアジア関与の大きな要因になっている。もしアジアが不安定になれば米国の経済的な見通しにマイナス面が出るだろう。

これまでにアメリカが抜けてアジアに真空状況が生まれることも二回ほどあったが、政治・安全保障上の環境づくりを進めていかなければならない。アメリカはアジアの国にとってではなく、パートナーとして前進していかなければならない。

オバマ政権は戦略的シフトを考える上で、3つの側面から考えてきていた。第一に、日韓豪と同盟関係を再活性化して、恒久的なパートナーシップ関係を維持すること。付き合いも長く、お互いの利益も関心もわかっており、貴重である。新しいパートナーはすぐにできるものではない。米国もこれまで多大な投資をしてきており、また、いつどこで何が起こるかわからないので、今後も失うわけにはいかない。今後も、経済、軍事、環境、エネルギーなど、協力して効果的な関係を続けられるだろう。たしかに同盟の根拠は変わってきたが、グローバルな諸問題は一国だけで対処ができるものではない。

第二に、中国やインド、ASEAN諸国などと、伝統的かつ中核的な同盟諸国とはまた異なるが、潜在的なパートナーとして新しい関係を構築することである。気候変動、保健、海賊、エネルギーなどにおいては協力しえるだろう。もちろんこれらの国々とは意見の不一致はあるが、経済的なチャレンジなどにおいて協力する余地は残していかなければならないだろう。

第三に、伝統的な二国間の同盟関係を補完する多国間関係である。複数の国が関連するようなグローバル問題に解決策を見出すことができるだろう。また、どちらがより多くメリットを得るのか、とゼロサムになりがちな二国間において、多国間で調整を行った方が直接的な緊張を緩和できるのではないか、と考えている。

大統領も国務長官もアセアン地域フォーラム、東アジアサミットへの参加、防衛閣僚の形での協力、APECへ参加すること、インフォーマルまたは多国間的な枠組みでの取り組みなどを進めている。米中のG2といった敵対国関係としての認識ではなく、また競争という観点でもなく、日本、韓国、オーストラリア、インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンといったアメリカの友好国そして中国も含めたこの地域全体へのアメリカの貢献を訴えていくことができる。以上のような形を組み合わせて、アメリカは多国間の地域の取り組みの中で米中間の新しい関係を考えていく必要があるだろう。

秋には大統領選挙はあるが、米国の利益に適うことであるので、このアプローチは続くのはないかと考えている。今も大統領や長官もアジアへの「再関与」やその「再定義」を考えているところである。

以 上