金田秀昭:
海洋をめぐる中国の国家戦略は、3段階にわたって変遷してきた。「海洋による生存」(第一段階)、「海洋による成長」(第二段階)、そして現段階の「海洋による発展」(第三段階)である。中国は、1950年代の中ソ対立後、貿易活動をソ連との陸運から西側諸国との海運に切り替える必要性が生じたため、毛沢東の指示により国家として海運重視の道を歩んでいくこととなった。これ以降、中国は積極的に周辺海域へと侵出し始めた。1970年代には南シナ海、80年代には東シナ海、90年代には日本周辺海域に侵出し、2000年代に入ると外洋を目指すようになる。南シナ海においては、特に近年中国の強引な政策が表出しており、2012年6月には南沙、西沙、中沙諸島を管轄する「三沙市」を設立した。懸念されるのは、このような中国の南シナ海における強引な「領土簒奪」が、今後東シナ海で行われるのではないかという点である。
中国の海洋侵出への根源的動機は様々あるが、根底には、過去の歴史において海洋主権と領土を列強から奪われたという屈辱的な経験があるようである。被害者意識のもとに、現在アメリカや日本に包囲されているといった危機感やナショナリズムが相まって、現在の中国の強引な海洋政策へと至っている。中国政府には「藍色国土」といった考えがあり、この思想が中国の海洋政策を独特のものとしていると同時に、近隣諸国との争いの一つの原因になっているといえよう。
中国は最重要目標として、中国を盟主とした「大中華共栄圏」の再構築があるのではないか。これを達成するために、理論的にはマハンのシーパワー概念に基づく「中華マハニズム」を実践しているとみるのが妥当であろう。シーパワーとは単に海上の軍事力のみならず、生産物の通商(生産・通商)、その海上運搬(海運)、海運を拡大助長するための植民地(現在においては軍事・商業拠点)という、連鎖する3循環要素が海洋国家の国勢伸長のために鍵となるとする概念である。中国は海軍力を強化させており、さらに準海軍力として海警、漁政、海巡、海関、海監の5つの機関を整備および強化している。中国は海洋における覇権を求めており、継続的な経済発展、政治的影響力の発揮、そして資源独占、海上輸送路保全、海洋の広域支配を含む海洋覇権の獲得を達成するために、その海軍戦略を「近海防御」から「遠海防衛」へと発展させている。
日本はどのように対応すべきか。一言で言えば「自盟協立」である。つまり、自律防衛の強化、日米同盟の深化、地域協力の拡大、海洋立国の基盤の4要素である。日本は「自盟協立」を旗印として、安全保障や防衛面での施策を着実に推進していく必要があり、国家存立の基盤となる「海洋立国の体制」を確実にすることを怠ってはならない。その中でも日本自身の努力として、「自律防衛の強化」を推進することが肝要である。
山田吉彦:
日本は中国、台湾、韓国、北朝鮮、ロシア、フィリピン、アメリカという7つの国・地域と海域を接している。隣国と海域が重複する場合は、原則として中間線を境界とすることになっている。しかし、実際にはこの原則に基づいて境界線を画定できていないのが現状である。尖閣諸島については、2010年9月に中国漁船が領海に侵入し、海上保安庁の巡視船2隻に体当たりした事件があり、大きな議論を呼んだ。同事件以降、特に最近はより危険な情勢となっている。同事件では領海に侵入したのは漁船であるが、今年に入って、国家海洋局に属する海監の監視船が頻繁に領海に侵入するようになっているからである。漁政と海艦による領海侵入の意味合いは大きく異なる。海艦が侵入する場合は外交部の了承を得ているはずである。つまり、外交部の合意のうえで領海侵入が行われたということになる。
占有の原則に基づいても尖閣諸島は日本の領土であることは間違いないが、これまでの中国の領土に関わる政策を見ると、歴史的な根拠に基づく主張よりも、実効支配を強化していくことが日本にとって重要となる。実効支配に向けた第一段階として、日本は島の現状調査を始めるべきである。東京都が現在進めている海洋計画では、まず自然環境調査を計画している。実効支配を確たるものとするために、日本国内のみならず、可能であれば国際機関にも訴えながら調査を行うべきである。
2012年7月には台湾の巡視船が領海に侵入をした。しかし、侵入を行った者は中国政府寄りの人間であり、必ずしも台湾当局の意向を反映した行動ではない。実際、台湾の漁業組合と石垣市の漁業組合が民間協定の締結へと動いており、台湾当局はこれを黙認している。台湾当局は従来、尖閣諸島周辺海域の漁業権が認められれば、領有権については主張しないとの立場をとってきており、現在でも同様である。したがって、民間協定が進展すれば、尖閣諸島をめぐる台湾との関係は大きく前進するものと考えられる。
最後に、北極海航路が通航可能な状態となれば、北方領土の重要性は増大する。同航路においては、北方四島海域は通過点となり、その海域管理が重要な意味を持つこととなるからである。同航路が実用化されると、宗谷海峡から北方四島周辺海域、カムチャッカ半島の東側を通過し同航路に入ることとなる。北極海航路は夏のみ可能となるが、海洋における力関係を変容させうる。北方領土は島・土地の所有という問題のみならず、北極海航路を念頭に周辺海域の重要性を踏まえた返還交渉が必要である。
秋山信将:
金田・山田両先生の海軍力強化および領土に関わる問題は、ゼロサム的な競争の面が色濃くでる問題である。それに対し、大量破壊兵器の拡散およびこれに対抗するための国家間協力、「拡散に対する安全保障構想(PSI)」は、非対立的な側面が強い問題であるといえる。無論、PSIは海洋における国家主権の行使およびその制限に関する新たな規範が生まれる可能性のある領域であるため、非協力的な側面も存在するが、グローバルな問題であることから協調的な側面が見られるのである。PSIは現状では、既存の法体系の中で大量破壊兵器の拡散を取り締まるための国際協調であるが、今後はUNCLOS等を含む海洋国際法に大量破壊兵器の拡散をどのように位置付けていくかという問題を取り上げる必要がある。海洋を含むグローバル・コモンズと呼ばれる諸問題への取組みにおいて重要なことは、できるだけ多くの諸国が参加し、諸国間で協力の習慣をつけることである。したがって、海軍力の管理や領土問題と同様に、海洋における大量破壊兵器の不拡散に対して、非協力的な国々をいかに取り込んでいくかが大きな課題となっている。
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