JIIAフォーラム講演要旨

2012年10月16日
於:日本国際問題研究所大会議室

特別連続企画「2012年米大統領選挙を読む」第3弾

JIIA Special Forum on the 2012 US Presidential Election (3rd of a series)

「米国政治・経済の展望」

“The US’ Political and Economic Prospects”

講  演: 中山 俊宏 教授 青山学院大学国際政治経済学部教授・当研究所客員研究員
Professor Toshihiro NAKAYAMA, Aoyama Gakuin University /
Adjunct Fellow, The Japan Institute of International Affairs (JIIA)
高田 創氏 みずほ総合研究所株式会社常務執行役員・調査本部長・チーフエコノミスト
Mr Hajime TAKATA, Managing Executive Officer, Chief Economist, Mizuho Research Institute Ltd. (MHRI)
中山 俊宏 教授

今回の選挙で何が浮かび上がってきたのか、選挙を素材に今のアメリカを語ろう。今のアメリカでは閉塞感が充満している。アメリカでは43か月間8パーセント以上の失業率が続き、所得格差が固定化しているという見方が強まり、アメリカンドリームへの信頼感が失われてきている。国が正しい道を歩んでいるのか、間違った方向に進んでいるのかという世論調査においても、若干改善しているものの間違った方向とするものが多い。2008年選挙は世直し運動のような熱気を放っていたが、政権開始後、中道で合意形成ができるのではないかという期待はあえなく潰えた。

政党、マス・メディア、教会などの政治における組織・機関が人々の意思を十分に汲み取ることができず、左右の不満が独特の市民運動となっている。政治的な影響は大きいわけではないものの、格差を掲げた左のアンチウォールストリート運動と、右のティーパーティ運動が顕著である。ちょうど1960年代も左右両極に分かれるという似た構造があった。日本の全共闘にあたる左のSDS(民主社会のための学生連合:Student for a Democratic Society)、右のアメリカ青年自由連合(Young Americans for Freedom: YAF)であった。全米青年自由連合は当時目立たなかったが、その後の保守主義運動に結びつく。このように状況は似ているものの、当時前向きであったメッセージが、現在は誰がこんな状況にしてしまったのかという犯人捜しとなってしまっている。右はオバマを、左は富裕層を犯人として糾弾している。

また、今の社会運動は突如として発生した。従来の社会運動は中核的リーダーがメッセージを発して、2、3年かけて全国的な認知が高まっていく経過を辿る。しかしソーシャルメディアがそのようなプロセスを飛ばして、問題を共有している人たちをゆるやかに繋いでいった。運動があるのは事実だが、メッセージを発しているリーダーがいない。政治的な言説になる前に、生のままの感情が政治の世界に飛び込んできている。彼らのメッセージ自体は新しいわけではないが、発生の仕方が独特であり、閉塞感とソーシャルメディアがシンクロして今の運動に結びついている。

現在の政治を特色付ける二極分化も顕著である。オバマは2008年に特段新しい統治スタイルや個別の政策で選ばれた訳ではなく、ケネディ時代のバイタルセンターのように米国の英知を中央にあつめて超党派で問題に取り組むという「1つのアメリカ」というメッセージを人々に送り、オバマのような出自の人なら橋渡しをすることができると、アメリカ国民は期待して支持した。しかし政権が発足して4年間で、皮肉にもむしろ分極化が完成した。オバマは重要な法案を通していった。公的資金を投入し、大企業や失業者や救済し、医療保険改革法案を通した。しかし、通し方が議会多数派の民主党だけの支持でもって行われたので、共和党保守主義者が反発として自己を規定していった。

候補者二人の対決はどのようになっているのか。今回の選挙戦にみられる頻出語をワードクラウドからみると、陰鬱なことばが並んでいる。希望と変革ということばは2012年の国民にはもはや響かない。民主党党大会では意外とオバママジックが見られたが、前日にビル・クリントンによるすばらしいセットアップがあったからと言える。オバマ大統領は2008年のときのような道を指し示す演説には向いているが、国民の心の襞に入っていって痛みをわかっているというような演説ではない。ただし、オバマ大統領は好感度が一貫して高い。支持率が40%前半までさがっても好感度が高かった。そのためか、大勢いる共和党のライジングスターが、今回はほとんど出馬しなかった。2016年になると民主党の方はヒラリーしかいないとも考えられる。

一方で共和党のロムニーは2008年も候補だったので、過去7年、8年間、大統領選挙に出馬していることになる。2008年は保守派としてアピールしたが、2012年は当初オバマとの対立においてビジネスマンとしての立場を打ち出していた。ところが、ティーパーティの影響が強く、予備選挙も右旋回競争となり、ロムニーも右旋回していった。中絶、医療保険に対する自身の姿勢を曲げているので、移民問題には特に強く出たが、そのためヒスパニック票を失っている。また、人物として完璧だが人為的というような印象を与えている。

2012年選挙は個別の政策ではなく、国家観・世界観の選択であるとも言える。2008年も黒人系大統領という歴史的な選択をしたが、オバマとマケインを並べてみると、二人とも政治的な変革をする候補であり、ブッシュ政権の911への過剰反応を乗り越えないといけないという共有していた。そのため、統治原理に関する選択はなかった。人種・民族の専門家には、アメリカは絶対黒人系大統領を選ぶはずがないと考える人も多かったが、アメリカは黒人系大統領を選びたかった側面もあったのではないか。アメリカの原罪は奴隷制であったので、大統領にしたかった。しかし、黒人政治家には奪われたものを奪い返すという激しい人が多い。そのなかでオバマは危なさを感じさせない若い政治家であり、原罪からの解放する存在として、世論調査上では出てこないだろうが、黒人系であることが有利になった面もあるのではないか。

一方で2012年は統治原理をめぐる選挙になっている。ブッシュ政権が保守主義にあたえた影響は壊滅的であった。最後の2年間は保守派がブッシュ政権批判をしたほどである。保守主義は小さな政府を指向するが、市民の監視やふくらむ戦費による財政赤字など、政府は巨大化した。一方で、中絶のような社会争点について、選挙では言及するが、成果をみせなかった。さらに、民主主義を世界に広めるというウィルソン的戦争は本来民主党的なものであり、保守主義的な選挙は脅威を叩き潰すものであったが、ブッシュのイラク戦争は前者的なものであった。3つの原理がガタガタであった。オバマはレーガン政権以来の政策指針を反転させるように、政府ができることをみとめて、積極的に実施していくものだった。その反動として保守主義はティーパーティのように原風景に回帰して、政府はいらないという言説まで出ている。この2つの統治原理が今回はぶつかりあっている。

ロムニーは失速していたが、第1回の大統領討論会で風向きが少し変わった。2008年よりも多い7000万人が視聴した。選挙は盛りあがっていないが、大きな選択をしようとしていることを感じた国民が見極めたいと思ったのではないか。ディベートでは、それまで右旋回をしていたロムニーが急に中道旋回をした。オバマはこれまでのロムニーの右旋回への振れ方を批判する準備をしていたはずで、急に中道旋回したロムニーに十分対応できていなかった。ロムニーは選挙戦略としてではなく、選択肢がなくなって素のまま中道旋回しただけだろう。スウィングステートでは一貫してオバマが優勢であったので、あとは討論会で負けなければ勝ちだった。ところが、討論会において国民の中ではオバマの完敗であった。本来ティーパーティは中道旋回したロムニーを批判しないといけないものの、一緒になって喜んでいる。選挙自体への討論会の影響は通常あまり直接的にはないのだが、共和党予備選挙は例外的に大きな意味を持ったし、今回の本選挙でも例外的に影響が出る可能性は排除できない。


高田 創氏

大統領選挙を取り巻く環境はとてもユニークであり、世界経済の特徴をあらわしている。大きくわけて3つの特徴があり、それは1:世界経済の変調、2:世界金融緩和オリンピック、特に9月のもの、3:世界中が政局化という現象である。

煽るつもりはないが、現在の経済環境だけみると「世界大恐慌の足音が聞こえてくる」といえる。中山先生からも閉塞感と言うことばが出ていたが、経済的な観点からそこをクリアにしたい。アメリカは内向きになり、自国に目の向いた状況となっている。世銀IMF総会という大仕事が東京で行われたが、アメリカのプレゼンスを感じなかった。むしろ、これまであまりプレゼンスのなかったIMFなどが目立った。大統領選挙最中であるからかもしれないが、これはどういうことなのだろうか。

ここ数カ月で世界各地において製造業を中心とした下振れがあり、さらに貿易を通じて広がっている。欧州経済危機と言われるが、中国の最大の輸出地域は欧州である。アメリカがくしゃみをすれば日本は風邪をひくと昔言われたが、現在は中国がくしゃみをすれば日本は風邪、アジアは肺炎になるかもしれない。新興国にも影響する状況である。新興国は成長の旗印であったが、ロシアは上がっているものの中国は落ちてきている。

金融のところだけでもなんとかしようと、世界中で金融オリンピックがはじまった。欧州中央銀行(ECB)はウルトラCレベルの緩和、アメリカもQE3、日本も対応せざるをえない。ぐっとカンフル剤を飲んだため、一部では金融はよくなったというような声も聴かれる。しかし、底流を流れる実体経済は厳しいものがある。10月から12月までも含めて、欧州は第5四半期連続のマイナス成長になる可能性があり、最悪期をすぎたといえるかどうか。

世界の長期金利の足元はあがっているが、2012年は歴史的な年であった。アメリカ、イギリス、ドイツ市場で最低金利を記録した。なお、日本は先行して2003年が最低であった。それはなぜか。背景として日本は90年以降バブルの崩壊があり、欧米も2007年から70年代以来の金融の自由化、レバレッジ拡大といった潮流が変調を迎えているのだ。米国は70年代に金とドルの交換を止め、基軸通貨として、いくらでも赤字をだせるようになっていた。初期には金融資産と実物経済が一対一であったが、2007年までに金融資産が実物経済の4倍に膨れ上がっていた。

世界全体の経常収支は、足し合わせればゼロになる。70年代以降、アメリカだけが赤字を出し、世界の諸国が黒字を得ていた。アメリカ旦那が世界に餅を配る、とも言える。そして、ドイツと日本と中国が食う。しかし、ここにきてアメリカが赤字を減らし始めたため、現在、世界中で限られた餅を奪い合うソブリンオリンピックが行われている。新重商主義とも言える。また、欧州の中で負け組と言われる三カ国も経常収支が赤字である。アメリカが赤字を出し続けることができたのは基軸通貨と言う特権をもっているからであるが、現在は小さい政府を指向するティーパーティの力が強まり、自己抑制と財政緊縮がなされている。欧州のエンジンともいえる不均衡を生み出してきたポルトガル、ギリシャが赤字を出し、欧州の諸国が黒字を得ていたが、ギリシャは10年しか続けることができなかった。国家が生き残れないため、必死で赤字を抑制している。

近年、バブルとその崩壊の現象を日本化現象と呼ぶが、これは正しいとは思ってない。むしろ、この現象は「人間の性(さが)」であり、有史以来繰り替えてしてきたものである。たまたま直近に90年以降日本のバブル崩壊があったため、このように言われているが、2007年から欧米も似た状況に突入している。

ここ4,5年の日欧米の名目GDP、不動産市場、政策金利の動きは似ている。しかし株式市場は異なる。アメリカはドル安政策を取り企業をサポートしているのである。日本は円高でデフレになったが、アメリカではデフレ意識も薄い。また、日本のバブルは企業のバブルであり、80年代に建設不動産業が借りすぎて90年代にはじけたが、アメリカのバブルは住宅セクターのものであり、2000年前後のITバブル以降、住宅でバブルを作ってきた。

典型的な動きとしては、日本では家計の余剰なお金を事業法人に貸してきているが、90年代からは、家計も事業法人も余剰になった。一方アメリカでは通常、家計も法人も赤字であるのに、2007年は両方黒字になっていた。ユーロ地域も両方とも黒字であった。日米欧で家計も事業法人も両方黒字になっているのは世界恐慌以降である。

リーマンショックで日米欧は財政を支出する緊急避難的な対応をとったが、米国ではティーパーティによって反動的に財政の拡大に対する批判が繰り広げられている。欧州債務問題は市場で狙われている。世界恐慌時は金本位制であったため、財政を引き締めないとならず、世界中で通貨切り下げ競争が行われたが、現在も諸国は自国の通貨を下げたいと考えており、金融緩和オリンピックが繰り広げられている。アメリカもこれまで通貨を切り下げてきたし、欧州はもちろん、日本も切り下げたいと思っている。ブラジルなどは、この競争は汚い通貨戦争だと批判している。

バブル崩壊後のバランスシート調整は不可避ではあるが、バブル期に形成された成長が続くのだという期待はトレンドとして継続する。すると、乖離がおきる。現実にはない場合は餅を配ることができず社会の不満や政治への不満が高まる。90年代以降の小泉政権では当初期待が非常に低い状況から始まり、乖離が少なかったため長く続いたが、それ以降の政治は毎年次の政治家を探している。

2012年は世界中が政局化している。アメリカはもちろん、中国も党大会、日本は毎年政局、欧州はほとんど、ロシアも政局だったし、韓国もこれからであり、中東もアラブの春で政変があった。欧州債務国すべての国およびフランスで政権交代がおこった。アメリカも陥っている閉塞感において、現職は圧力をうけている経済現象からは逃れられない。

初期には各国は財政を出動したが、米国は財政の崖といわれるなかで抑制しているし、経常収支が黒字であった日本でも、20兆円をもう1回はむずかしいし、中国も4兆元はもう出せないかもしれない。この連鎖を断ち切ることができるとしたら、アメリカぐらいしかない。もう一度餅を配ることができるのか。オバマがなったら、崖を崩すかもしれないが、山にはならないだろう。ロムニーは中道寄りになったかもしれないが、副大統領候補がティーパーティ派なのでわからならい。

世界経済が改善する可能性のあるシナリオとしては、カーター大統領からレーガン大統領になったときのものがある。この70年代末の事例はアメリカの経済においての節目であった。レーガンは小さい政府を掲げていたが、結果的には軍事支出と減税を行った。これまでの状況が続いていくのか。いまの状況の中ではむずかしい。国内的な閉塞感があり、国内で対立が強まりやすいだろう。

以 上