JIIAフォーラム講演要旨

2012年10月17日
於:日本国際問題研究所

アレクサンドル・パノフ

元駐日ロシア大使

「アジア・太平洋地域における国際情勢の特徴とロシアの対日政策


近年のアジア太平洋地域を取り巻く国際関係の変化は、中国の台頭とそれに対するアメリカの反応によって特徴づけられる。急速な経済成長を背景に、中国は着実に軍事力を増強しながら自国の「権益」を主張するようになり、東シナ海や南シナ海への進出意図を隠さなくなった。こうした中国の動きに対し、アメリカは中国に国際ルールを遵守する責任ある大国となるよう働きかけるのと同時に、日本や韓国、オーストラリアといった同盟国との関係を強化して不測の事態に対処しようとしている。中国の軍事的台頭はまた、近隣諸国のナショナリズムと中国への警戒心を高め、この地域における軍拡競争を引き起こす一因となっている。

このように今日アジア太平洋地域では軍事的な緊張が高まっているが、経済面に目を転じれば、各国はますますお互いに依存しあうようになり、経済統合が進展していることに気づく。だが、ここでも誰が主導権を握るかで対立が生じつつある。この地域における経済統合の流れのひとつはアセアンを中心とした統合で、これは中国の強い影響を受けている。いまひとつの流れはアメリカがイニシアティブをとるTPPで、これはよりラディカルな統合を目指したものだ。経済統合の主導権争いが顕著となりつつあるなか、日本は両者のいいとこ取りを狙っているように思われる。ロシアはといえば、アジア太平洋地域のどの国とも良好な関係を築いているが、どちらの経済統合プロセスにも深くかかわっていない。ロシアはこの地域での経済統合プロセスに乗り遅れてはいるが、これは必ずしも悪いとは言えない。ロシアの戦略的な立場から見れば、アメリカと中国が牽制しあう状況は必ずしも悪いものではない。ロシアは米中両国の仲介者として振舞えるようになり、この地域への影響力が確保されるからだ。

だが、ロシアが真にこの地域において影響力を確保したいのであれば、それにふさわしい力をつけなくてはならない。極東地域の発展なくしては、ロシアはアジア太平洋国家として振舞うことはできないことは明らかだ。これまでロシアは極東地域の発展のために様々なプログラムを実施してきたが、その多くは予算不足のため成功しなかった。今年9月に開かれたウラジオストクAPEC会議は極東地域開発の新たなきっかけとなっている。事実、政府は極東発展省を設置し、外資系企業を積極的に誘致し、国内外の企業に対して様々な優遇措置を実施しようとしている。しかし、こうした政策が成功するかどうかは疑わしい。新たな省が設置されたものの、権限と財源がないために計画を具体的に進めることができていない。モスクワの政治・経済エリートは既得権益を手放そうとはせず、新たなプログラムに協力的ではないのだ。また、開発計画自体にも問題がある。極東地域の何をどのように発展させるのかが具体的に示されておらず、個別のサブプログラムは全体の計画のなかでの位置づけが明確にされてない。サブプログラム同士が干渉しあうことさえ起きている。こうした問題は早急に解決されなくてはならない。

日本は極東開発に最も関心を持っている国の一つであり、事実、自動車産業や木材加工業を中心に積極的に進出し、地域の発展に寄与している。極東開発を通じて日ロ両国の関係を強化することは、経済的にも政治的にも重要な意味がある。台頭する中国とバランスをとるという戦略的な観点からも、両国の関係強化が不可欠であることは言うまでもない。幸い、両国関係は総じて良好といえるが、さらなる関係発展のための余地は大きい。経済面では、現在、大企業を中心に交流が活発になっているが、今後は中小企業のレベルにまで拡大する必要がある。政治面では両国の政治家の定期的な交流が決定的に少ないことが問題だ。また、長年文化交流を続けてはいるが、残念ながら日本人の対ロ感情はあまり改善されていないし、ロシア側も日本の「国」に対してはあまり良いイメージを持っていないかもしれない。日ロ双方の国民がお互いに無関心でいることがこうした状況を生み出している。日本とロシアの間には領土問題を除いて対立するものは何もない。唯一の対立点である領土問題も両国関係を包括的に発展させてこそ解決の糸口が見出せるようになるのだ。

以 上