JIIAフォーラム講演要旨

※本フォーラム講演要旨は、雑誌「自治と教育」
2013年5月号に掲載された記事を転載したものです。

JIIAフォーラム  県民国際フォーラム

~オバマ政権二期目の発足と日米関係~

     
青山学院大学教授
日本国際問題研究所客員研究員
中山 俊宏

 本日は、今のアメリカで何が起きているのかということを基本的にお話しいたします。
 日本にとってアメリカの存在は、良かれ悪しかれ極めて大きいことは否定しようがありません。戦後アメリカが及ぼしてきた文化的な影響、安全保障上の問題、経済的な繋がりなど、密接な結びつきがあることから、日本はアメリカに従属している、離脱しなければいけないという議論もあります。
 しかし、それは基本的に日本にとってアメリカはどういう国であるのかという位置づけができていない現れでもあります。日本の今後を考えるに当たって、アメリカという国で、どういうことが起こっているかを知ることが不可欠なのです。
 一つのプリズムとして、今回の大統領選挙で何が起きたのかということを見て、その上で日本は何をすべきかということについて、私なりの考えをご提示したいと思います。尖閣で何か起きた時にアメリカが来るのか等という日々の情報ではなく、大局的にアメリカの現況を知り、日本をどのように位置づける必要があるのかという問題意識を持って、話を進めていきたいと思います。

アメリカ大統領選挙の意味

 去年アメリカでオバマ大統領が再選を果たしたのですが、米国における大統領選挙とは、日本人の感覚でいう単なる選挙ではなくて、大きな政治的な祭典だと考えたらいいと思います。
 巨大なメディアイベントが約一年に渡って続くのです。日本の場合は数週間の盛り上がりで終わるのですが、アメリカは四年に一回、必ずほぼ一年かけて、巨大な政治的祭典が行われる。アメリカ人自身が、これは制度化された革命なんだと言います。
 例えば、日本で大晦日から翌年の元日に年が変わる雰囲気です。なんとなく空気が澄んで、日本人みんなが気持ちを入れ替えて新年を迎えるという、正月の雰囲気が何となく味わえるのが大統領選挙なのかなと思います。
 つまり四年間のアメリカをリセットして、もう一度アメリカ人であるということを確認して新しい一歩を踏み出していく。そういう政治的な祭典なのです。アメリカ人が自分の位置を確認して、アメリカ政治に参加しているという感覚を醸成するための政治的な装置です。
 従って国民がその祭典にどのような意識で参加しているのかということを通じて、今のアメリカ社会を浮かび上がらせることができると言えます。

盛り上がらないオバマ政権

 二〇一二年の選挙は盛り上がりに欠ける雰囲気が蔓延していました。二〇〇八年はオバマ大統領が当選した年ですが、あの年は本当に盛り上がった。日本でも我々には投票権がないにも関わらず自分の国の選挙であるかのように、オバマフィーバーが吹き荒れていました。
 その二〇〇八年と比較すると、今のアメリカは失業率が高い。リーマンショックから完全に立ち直っていない。「チェンジ」を約束したオバマが、実際にこのチェンジをもたらすことが出来なかったという状況の中で、明らかにその輝きを失っている状態で再選を目指していたのです。
 二〇〇八年にオバマを支持した人が二〇一二年にどういう気持ちになっているかを示した風刺画もあります。結局、一人の政治家がアメリカを変革するなどという期待は過剰なものだったのかもしれないという失望感が、この選挙には蔓延していたのです。これはオバマが属する民主党の雰囲気です。

ロムニーの印象

 一方、ロムニーについては、見た感じも大統領らしいし、家族も正にファーストファミリーらしい。確か息子が4人いて、自分が父親だったらこういう息子になってもらいたいというのが揃っている。
 奥様もちょっと病気は持っているが、全く問題なく、ファーストレディにふさわしい風貌をしている。それに非常に金銭的にも恵まれ、社会的にも成功していて、非の打ちどころがない家族である。
 結果、どこか本物っぽくないと言いますか、作られた雰囲気が漂う政治家というイメージなのです。
 アメリカの大統領の場合には、個別の政策が良いか悪いかで支持すると同時に、この人を信用できるかどうかという、直感的な感覚で人を選ぶことも、非常に多い。
 そういう時に、非常にハンサムなロムニーはあまりにも完璧すぎて、嘘っぽさ、作られたもの観という印象が出てきてしまうのです。そして、どこか本物っぽくないという感覚を最後まで抜けきることが出来なかった。
 ですから輝かないオバマとどこか嘘っぽいロムニーとの対決で、とにかく盛り上がらなかった。

二〇一二年までの情勢

 二〇一〇年はオバマ政権が二年間たち、その間、オバマ政権は大変大きいことを数多くやります。
 イラク戦争、アフガニスタン戦争の見直し。医療保険制度の改革。公的資金の投入による企業の救済。
 アメリカ人からしてみると、GMとか、銀行、証券会社とか保険会社というのは、リーマンショックを引き起こした張本人で、そういう巨大企業を自分たちの税金を使って救済したと、極めて否定的に捉えている人がたくさんいました。
 また、オバマ政権が発足してすぐの、七八七〇億ドルの景気対策などは、中途半端な政策ではなく、政府の役割を積極的に進めていった政策です。
 今までの共和党の小さな政府という原理に基づいた考え方とは違う政策群を打ち出していった。そのことでオバマに対する反発が起きたのです。
 二〇一〇年、二年に一度の議会選挙が行われた。その時に反オバマ感情のようなものが爆発して、ティーパーティ運動という反オバマ運動が起きた。そして共和党を勢いづかせました。
 しかし、二〇一二年になると、そういう共和党側のエネルギーもなくなってきました。だから全体として、民主党もパッとしない、民主党、共和党の候補もパッとしない。反対陣営も勢いを失っている。
 とにかく選挙の意味を定めようとしても、なかなか焦点を確定できなかったのが、今回の選挙です。
 しかしながら、実際に二〇一二年に起きたことを振り返ってみると、大変重要なことが起きたのではないかというのが、私の見方です。これは必ずしも全員がそういうふうに見ているわけではないのですが、それを分かりやすく説明するためにもう一度、二〇〇八年に立ち返ってお話したいと思います。

二〇〇八年、“チェンジ”を選ぶ

 二〇〇八年はオバマ大統領が誕生した年ですが、「チェンジ」という言葉、何の変哲もない「変化」という言葉が、大きな合意になりました。もうブッシュ政権の八年はいい。それを乗り越えたいという大きな合意があったと思うのです。
 その変化の担い手として誰が相応しいかという、いわばキャラクターをめぐる選挙だった。何か具体的な政策群とか、アメリカの方向づけの論争が起きた上で、オバマか、マケインを選択したのではなくて、変化の担い手としてどっちのキャラクターが相応しいかという観点で選択したのです。
 オバマかマケインか、キャラクターを選ぶ。その背後には大きな合意があったと見ていました。
 見た目は、初のアフリカ系アメリカ人の大統領だったので、アメリカが何か大きな選択をしたかのように見えた。でも実は、オバマが黒人であるということが、ほとんど意味を持っていないのです。
 選挙の内容に大きな変動が起きたのではないと思うようになりました。

 

二〇一二年は統治原理の選択

 それに対して二〇一二年というのは、政治的な祭典、イベントとしては確かに盛り上がりには欠けました。しかし、アメリカ人は今回の選挙で、明らかに異なる2つの世界観に基づいた統治原理を選択したと思うのです。もしかすると二〇〇八年の選択よりも長期的なインパクトを持つかもしれない。
 だからこそ、単に結果ではなくて、この選挙の意味を日本人としてきちんと押さえて、アメリカで何が起きているかを理解していくことが重要なのだという気がしています。
 分かり易く言うと、二つの選択肢の一つはオバマ的な統治原理、もう一つは八十年代位からずっとアメリカにおいて主導権を握ってきたレーガン大統領が提示した保守的な統治原理です。そういう大きな統治原理の選択だったということを、アメリカ人は多分どこかで予感していたと思うのです。
 そのことを象徴的に示した事例というのが、大統領候補同士のテレビ討論会です。それを国民が見て、どっちに投票するか判断するわけです。
 今回は、第一回のテレビディベートが十月上旬に行われた。その時の視聴者というのが七千万人だった。二00八年の第一回テレビ討論会と比べて、約二千万人多かった。あれだけ盛り上がった二00八年と比較してです。
 やはり、重要な選択をしようとしていることを、多分直感したという見方もできるのです。

アメリカンドリームの行方

 ではアメリカの大統領選挙がどういう状況の中で行われたか。閉塞感に充ち、経済状況がよくない。所得格差はご承知のように非常に大きい。国の向かっている方向性についても不安が残る。オバマ政権への失望がある。それからウォールストリート占拠運動という、格差を正面に掲げて問題視するような社会運動が発生した。
 元来アメリカは常に格差が大きく、それにも関わらず格差自体がそれほど大きく問題視されたことはなかった。それは、自分たちが明日は向こう側に行けるかもしれないという期待感が、アメリカ社会を毎日突き動かしてきたからです。
 でも今回は、自分がいつか成功するかもしれないというアメリカンドリームが現実的なものでなくなってきたという感覚が蔓延してきたのです。それが一つの背景をなしていたのだろうと思います。
 

政治の二極分化

 もう一つアメリカ政治の特色があります。日本と似ているかもしれませんが、政治的な二極分化です。
 普通、保守党ならば主導右派のところを抑えようとするし、進歩的な政党ならば、真ん中よりも若干左、うまくいけば少しは右も取り込めるというような形で選挙に臨むのが、おそらく健全な政党と有権者の関係だと思います。
 アメリカの場合には逆釣鐘状態で、真ん中が抜けてしまっている。両政党が右に右に、左に左に行って自陣営固めをして、相手方を説得しようとはしない。なるべく自陣営を一〇〇%近く固めて勝つという戦いをしている。それは有権者の意識を真二つに割るような争点を選挙の前に放り込むのです。
 中絶や同性婚、銃問題など、グレーゾーンが比較的ない領域。イエスかノーかの議論になりやすい問題を選挙の前にポンと放り込むと、有権者が真二つに割れて、真ん中がなくなり、自陣営固めをして戦う。その結果として政治的な二極分化が加速していく。合意が形成できない。決まらない政治になる。そういう状況がアメリカで発生している。
 最初にオバマ大統領が選挙に臨んだ時は、自分はブリッジビルダーだ、割れたアメリカを橋渡しする存在になるんだ、自分は黒人で、エスニック・グループから出てきたからこそ橋渡しの役目が出来るんだと、非常に楽観的に、希望に満ちたメッセージで国民に訴えかけた。国民もこの人ならできるのでないかという期待があったと思うのです。
 でも実際に政権が始まってみると、オバマ大統領は二極分化の傾向を加速させて、真二つに割れた政治が出来上がってしまったのだと思います。

新ニューディールと減税

 なぜそうなってしまったのか。前述した医療保険制度の改革や巨額の景気対策、公的資金による企業の救済など、政府の役割を積極的に進めていく新しいタイプのニューディールに取り組んだからです。
 かつて、レーガン以降、政府の役割をなるべく小さくしていこうとした。政府は社会の活力を削ぐ。だから小さくしようというのが保守的な統治原理であった。保守派の間では中央集権的なるものに対する嫌悪感が非常に強いのです。それをオバマは反転させようとしたのです。
 保守派が掲げる政策の柱に「減税」がありますが、これは経済対策でもなんでもなくて、要は連邦政府を小さくするための対策です。減税をすれば政府は小さくなっていく。経済対策である以前に政府を飢えさせていくためのツールなのです。
 そういう保守的な統治原理とは全く対極にあるオバマ的な統治原理を打ち出したことによって、二極分化となり、オバマ大統領の目標、「橋渡しをする」ということが頓挫してしまったのです。それが第一期目だったということです。

アメリカの選挙の状況

 また、選挙は人を選ぶという側面もあります。この観点から言うと、オバマ大統領は好感度が一貫して高かった。分かりにくいのですが、その結果、接戦と単勝が同居している妙な構図になったのです。
 アメリカの選挙は、国民の投票数を単純に合算して多くとった方が勝ちということではない。州は陣頭ごとに票数を与えられている。例えば、カルフォルニアが五三票。民主党が接戦で勝とうが、大差で勝とうが、勝った政党が五三票を全部持って行くのです。
 勝った州毎の持ち票を合算した総数が、多い方が勝つという構図なのです。だから総投票数では接戦であるにも関わらず、州毎の合算で極めて大きな差がつくという「ねじれ現象」が生ずるわけです。
 全体の投票で見ると、オバマは六三〇〇万、ロムニーが五九〇〇万。差はあるが、接戦と言ってもいい。が、各州の票の合算は、三三二対二〇六ではっきりとオバマ大統領が勝っている。
 アメリカの選挙区は五一あるのですが、ほとんどの州はどちらが勝つかほぼ決まっている。勝った方が全部票を持っていくから、ほぼ負けると決まっている州にお金を投入する無駄はしません。
 従って二〇〇八年のように全国的な盛り上がりを見せた選挙でも、どちらが勝つか決まっているカルフォルニアやニューヨーク州など、選挙が行われているのかどうかも分からないという状況なのです。テレビのニュースを見て、そういえばもうすぐ選挙だねという雰囲気です。
 接戦州では朝から晩までテレビをつけて、CMが出れば候補者の広告が出て、一日に数回選挙キャンペーンから電話や訪問がある。嫌になるくらい選挙漬けになる。こういう選挙漬けになっている州は、スイングステートといい、どっちに触れるか分からない州なのです。

オバマのパーマネントキャンペーン

 今回はスイングステートの数がきわめて少なかった。七州ぐらいでしたが、そのうちオバマが六州勝った。完勝に近いです。
 その勝因ですが、実は、二〇〇八年の選挙が終わった翌日から次の選挙を始めたからです。パーマネントキャンペーンと言います。フェイスブックやツイッター、いわゆるソーシャルネットワークを使って初めて本格的に選挙に臨んだと言われています。その時に集めたデータ、牽制した支持基盤を一回もリリースしなかった。
 常に連絡を取り、選挙が近づくと、「オバマ大統領はもう四年間しないと政治の効果が上がらない」と流した。この活動をオバマキャンペーンという。
 これまでは、選挙キャンペーンをして、選挙戦で戦って勝敗を決め、物語は終わるのです。そして次の選挙になるともう一回仕込みなおして、ネットワークを築くという繰り返しをやるのです。
 しかし、このソーシャルメディアが選挙と密接に関わることになり、選挙の方法が大きく変わった。
 オバマ大統領はうまく活用したのです。日本では残念ながらインターネットのフルな活用はできないのですが、アメリカではほとんど規制がないので、全面的に使われているのです。
 四年毎の選挙だから、前回十四歳だった若者は、今回は十八歳になって投票できる。若者はオバマが好きですから、潜在的に投票できる人を獲得する。
 四年分の新しい潜在者や実際に支持した人たちの約八割をフェイスブックを使って獲得していったのです。ソーシャルメディアを極めて有効に活用したということになります。

ビックデータキャンペーン

 それから資金のことはさんざん言われています。
 小口の資金をインターネットを使って集めた。今回はビッグデータキャンペーンと言われています。
 今我々は、いろんな所でネットやクレジットカードを使って買い物することが多い。その際、いろんなアンケートや要望を選択していきますが、それをデータとして更新していくと、ほとんどその人の投票コードが予測できるのです。
 民主党はどちらかというと都市部の政党です。行きつけの店、車の種類、インターネットショッピングの得意先、電子書籍の有無などから、民主党支持や同性婚を認めるか否かまで見えてくるのです。
 逆に、この人は恐らく宗教保守派で、中絶に反対で、共和党を支持している。しかし今回の選挙は、争点が盛り上がっていないので、共和党を支持しながらも、投票所に行かないかもしれないということまで浮き上がってくるのです。
 このデータをオバマキャンペーン側はかなり効果的に使った。接戦だったが、うまく選挙戦略を組み立てて、完勝という構図にまでしたと言えます。

オバマの勝因〈変わるアメリカに対応〉

 資料は、オバマキャンペーンの方が変わるアメリカに対応できたことを示した数字です。女性ははっきりとオバマ大統領を支持していることがわかります。アメリカは女性の投票率が高いので、その女性グループから支持を得たことが重要なのです。
 更に重要なのは、白人、黒人、エスパニックです。アメリカはこれからどんどんマイノリティが多数派になっていく。つまり白人が全体からみると少数派になっていく社会です。
 マケインは白人の六〇%を押さえている。十年前ならば楽勝だったのですが、今は勝てない。それは白人以外の層がどんどん増えているからです。
 黒人の場合はオバマ自身が黒人なので、九三%という高率でしたが、これまでも八五%近く民主党を支持している。更に人口が増加しているエスパニックグループの、七一%がオバマ大統領を支持している。これは決定的です。
 特にエスパニックというのはラテンアメリカから来ている人達ですから、ほとんどカトリックで、中絶には反対だし、同性婚も認めていない。だからアメリカの政治的な価値観だと保守派にもなりえる。場合には共和党が潜在的に取り込めるグループでもある。しかし、はっきり民主党に傾斜しており、今後の共和党を考えていく上でかなり厳しい。
 それからアジア系も圧倒的にオバマを支持している。また若い層の二十代後半は、民主党にもう三回ぐらい投票している。このように三回同じ政党に投票すれば、それは組織票とみなしていいと言われています。若い人たちの間で、民主党に有利な不均衡があるということは、これも共和党にとっては極めて厳しい数字です。
 同性愛者は全投票者数の五%ぐらいですが、数としては少なくない。今後、同性婚が争点になっていけば、彼らは選挙に積極的に関わろうとします。このグループでも、オバマ大統領が圧倒的な支持を得ている。これはオバマ大統領だけではなくて、民主党という政党の政策にもなりつつあるのです。
 民主党の方が、変わろうとするアメリカに、よりうまく対応していると言えるのです。

ロムニーの敗因〈共和党の保守原理〉

 逆の側からロムニーの敗因を見ると、おそらく共和党側は自分たちの負けを、「候補と戦略が駄目だったのだ。だからそれを見直しさえすればいい。」「誰か良い候補が見つかれば勝てるに違いない」と分析していると思うのです。
 それからエスパニックを取りこぼした。これは共和党が負けた大きな原因だと思いますが、そのことだけに問題を絞り、「次はエスパニック票を呼び込めるようなメッセージを出せばいいのだ」という局地的な見方になっているのではないかと思います。
 またもう一つの言い訳として、「保守主義から逸脱したからだ」と言う。オバマは左にずれた政策を掲げたので、共和党は保守の原理から逸脱して真ん中の方にぶれてしまったのだ。だから、「保守的な立場をもっと打ち出さないといけないのだ」という。これも解決策ある敗北です。
 しかし、そういう小手先の修正だけで党の在り方を直せるのかというと、おそらく直せないと思う。
アメリカ国民はそういう個別の政策等で投票態度を決めたのではなく、もっと統治原理レベルでの選択を行ったのです。
 従って、小手先の修正では共和党は立ち直れないというのが、今回の選挙の私の見解です。
 

共和党の行方

 民主党は若者をおさえ、ジェンダーやエスニシティを取り込み、変わろうとするアメリカに対応しようとしているが、共和党はその反対で、歳を取った白人男性の党になりつつあるのです。
 しかしまだ圧倒的なマイノリティにはなっていないので、歳とった白人男性を中心にメッセージを右に右にと組み立てて、どうにか戦っているのです。
 先のことを考えると、共和党の支持基盤になる年輩の人達は少なくなってくる。右にぶれて支持基盤固めをしていけばいくほど、恒久的小数政党化の危険性があるのです。
 これまで民主党という政党は存在しないと言われてきた。それは、単一商店グループの集合だったからです。消費者運動、エコロジー団体、平和主義運動、黒人団体、同性愛者、労働組合など、雑多な見解を持つグループが、かろうじて民主党という政党を構成していたからです。一枚岩でなかった。しかし、最近は漠然とオバマ的な統治原理を共有しながら、党としての一体性を高めています。
 共和党はとにかくチェックリストが多くなった。中絶に関して、銃規制に関して、同性婚に関して正しい態度をとっているのかと。そのチェック項目をそれぞれクリアしないと、大統領の可能性が低くなる。だから共和党の中で候補者を選ぼうとする時、みんなが右に急旋回して自分たちの候補を決めようとする。そして、決めた候補を全アメリカに提示すると、右にぶれすぎて多く人達から受け入れられなくなってしまっている。このような矛盾に共和党は面しているのです。

オバマの就任演説〈自分の遺産を意識〉

 この前就任演説があって、非常に大胆なビジョン、オバマ的な統治原理を躊躇することなく語った。先の就任演説は、「橋渡し」をするということに重点を置き、自分の信念はあまり出さなかった。
 今回は自分の信念をはっきりと示した。
 大統領になる人は、大変な野望と野心がありますから、自分が世界史にどう記録されるかということが気に懸かるわけです。二期目になるとますますその意識が働き、自分の遺産をどんな形で組み立てていこうかと、問題意識をシフトさせていく。
 その具体的な課題となったのが、医療保険制度のフォローアップや経済対策、財政規律を建てること、また不法移民対策や銃規制の問題です。それから難しいですが、地球温暖化問題やアフガニスタンの米軍撤収もあります。
 このように自分の成果を残したいと考えても、次の大統領選挙は二〇一六年なので、その一年前になると皆お祭りの準備を始める。だから国内的に大統領が及ぼせる力、影響力はどんどん減少していく。 従って大統領の専権事項である外交安全保障問題へと視点を広げていった。そこで何か遺産を残していこうとしたのです。

中東関係、アジア関係

 二期目は、多分チーム自体がリセットする。クリントン国務長官は辞めて新しい人が就任することになり、外交安全保障チームが変わる。多分オバマ外交の雰囲気が変わると思います。基本的には継続でも、政策は人ですから雰囲気は変わるだろう。
 その中で、いくつか重要課題が挙げられますが、アメリカは内向していて、内向するアメリカにどう対応するかが、まず大きな課題です。
 イランの核開発問題です。北朝鮮も当然大きな問題ですが、中東における核にアメリカ独特の恐怖感があって、イラン情勢の方が関心が高い。
 また、シリア情勢をどうしていくのか。米中関係をどうマネージしていくのか。これらはアメリカにとって最重要課題であると思います。
 そしてオバマ政権が一期目に打ち出したアジアへのリバランス。日本語で最均衡などと訳されますが、要はアジア重視戦略です。オバマ大統領自身がこの問題に対して関心のコアがあるのだと思います。
 世界政治の重心が東へ東へ移行している中で、偶然ですが、アジアへのゲートウェイであるハワイ出身の大統領が誕生した。オバマが幼少時代インドネシアで育っていることも、東への移行を促した。
 だから感覚的に今までの大統領とは全く異なる形でアジアを捉えています。自分のことをパシィフィック・プレジデントと呼ぶほどです。政権一期目で展開していたアジア重視政策をどうしていくのかが課題になっていくと思います。
 ただ、アジアへのシフトという時に、我々日本人から見ると、アメリカはこっちに目を向けてくれるのかと捉えがちですが、大局的なアジア太平洋地域の中でのリバランスなのです。

アジア太平洋地域と米中関係

 これまでアメリカは、東南アジアや南アジアを視野に収めてこなかった。だからアジア太平洋地域の再均衡として目を向け、ダイナミックな経済の可能性ある地域として捉えるということです。
 そういう中で日米関係は大きな変化はないと思います。対日政策は民主党、共和党を問わず大きな基本方針については合意がある。
 一方、中国が台頭して、場合によっては中国は地域諸国に不安を惹起し、かつアメリカの影響力に挑戦する潜在性があり、不安定な要因になりうる。しかし、中国はアメリカの経済にとって不可欠な存在であり、また地球温暖化や核不拡散問題でも交渉が欠かせない。多くの問題を中国の合意なしに解決していくことは難しく、様々な場面で中国との協力は必要になってくる。他方で価値観や、体制については相入れないものを持っている。
 従って一番望ましいのは、アジア太平洋地域における中国との関係が、自由で、ルールに基づいた秩序を一緒に管理していけるような開かれたパートナーになることです。それがアメリカの意図です。

米中関係と日本

 それは日本の意図でもあるのです。日本とアメリカが一緒に中国に働きかけていくのがいいと思います。日米は基本的に同じような構図、価値観を共有しているのですから。
 今回の大統領選挙の前後、外交演説で中国について十三回言及しました。中国の重要性が高まっているが、依然として米・中の価値は相容れない。潜在的には負の要素をマネージしなければいけない。
 そういう時に一緒に中国に対して働きかけてほしい国として、筆頭に日本がいるのです。この地域におけるアメリカのパートナーとして日本の重要性は高まっていくと思います。
 今、日米は基地を巡り様々な課題があるし、日本自身の活力が失われていますが、依然として多くの人が豊かな生活を送っている。過去五〇年間、国民的な反基地闘争というのも起きていない。大震災が起きても、日本の社会的な秩序は壊れない。非常に安定した社会です。このような国が、同盟国としてこの地域にいるということは、アメリカにとって非常に大きな意味を持つと思うのです。

 

難しい日本の状況

 しかし、難しい状況もあります。例えば日米関係に当たった前の大物たち、アーミテージやジョセフナイ、いわばアメリカで言う賢人たちが、三回目の日米同盟に関する報告書を出しました。その報告書で日米関係は「漂流状態」にあると言っています。更に「日本は今、一流国家として踏み留まるのか、二流国家の宿命を受け入れるのか、その分岐点にいる」とも言っています。
 私がその点で気になるのは、特に三.一一以降、若者たちと話をしていると、ボランティア等には非常に熱心なのですが、身の丈に合った国家になろうと言っていることです。四〇代より上は、もう一度日本を、という意識に燃えているのですが。
 国家というのはある種の野望や野心を持った時、前に進んでいくのです。そういうエネルギーが日本社会から消えていこうとしている。
 とりわけ中国、アセアン、韓国が非常にダイナミックに台頭している中で、日本がこの二〇年続く停滞状況から抜けきれていないという意識が、広く行き渡っているのです。

日米関係がぶれるか

 民主党政権下で日米関係がぶれたので、日本をきちんと見なければいけないという意識がアメリカの中に出てきた。
 十年ぐらい前、アメリカの政策に関わるシンクタンク業界を見ると、日本専門家がどんどんいなくなった。日本に対する関心を失ったのかと思いました。でも今振り返ると、当時の日本は、日本専門家を立てるほど問題は発生しないだろうという意識があったのです。
 しかし最近は、大手のシンクタンクは全て日本の専門家がいます。やはりアメリカは日本のことを心配しているのだと思います。
 日本は民主党政権の時に、日米関係と日中関係をいわば同等の関係として捉えた傾向があり、驚異と不信感を持たれた。それで日本をきちんと見なければいけないという意識が、今あると思うのです。
 最近はとりわけ歴史問題、領土問題で、もしかすると日本の方が潜在的に不安定要因があるのではないかとの見方も出てきたのです。
 そして、「日本は重要だからこそ期待値を挙げない方がいいかもしれない」という諦めのような考えが、ワシントンに蔓延していったのです。

これからの日本は

 日本はこれまで条件反射的に国際情勢に対応してきた。国際情勢を必ずしも形成できる側ではないわけですから、よりうまく着地点を模索するというのが日本外交の基本でした。しかし、これからはもっと積極的に状況形成に力を注いでいく姿勢の変化が必要になると思います。
 アメリカはアジア重視政策を打ち出した。同盟国として日本は、この変わる新しい地域をどう認識して、どんな役割を果たすのかというビジョンを本格的に示せていない。今後、台頭する地域に対して、日本はどんな姿勢で臨むのかをしっかり示すことが肝要だと思います。
 領土問題などの時に思ったのですが、少なくとも威勢の良さが国力とイコールでない、ということを認識し、対応を決めていく方がいいと思います。

対等なパートナーとは

 アメリカは大きく変わっている。今まで日本は、共和党系の人脈やプロに依存して日米関係をマネージしてきた。しかし、これからは共和党系と同様に、民主党系人脈も重要になってきます。変わるアメリカを理解して、それに対応する必要があります。
 様々な主張が飛び交って、不協和音を伴った状況にならないために、なぜ日本にとってアメリカが必要なのかをもう一度再確認するべきだと思います。
 なぜ日本にアメリカの基地が存在し、なぜ安全保障問題にアメリカの存在が不可欠なのかと、国民レベルで考え直さなければならないのです。
 そうすると結果は自ずと一つしか出てきません。この地域において開かれた、自由な、法に基づいた国際秩序が必要なのだと認めることです。価値的な次元でアメリカと対等であると認識することです。
 もちろん軍事力や国力の規模でアメリカと対等になるというのは無理な話です。そうではなく、「国際的な視野に立った価値」を守っていくために日本はできる限りの能力を出していくということなのです。それが対等なパートナーだと思います。
 そういう視点に立って、おそらくアメリカを再度選択するということが、今の日本にとっての課題なのかなという感じがしております。
 ご清聴、どうもありがとうございました。

以 上