JIIAフォーラム講演要旨

JIIA国際フォーラム「極東開発とアジア太平洋地域」

エフゲーニー・ゴントマーヘル世界経済国際関係研究所(IMEMO)副所長


2014年12月8日
於:当研究所大会議室
 近年、ロシア政府は極東地域1の開発を優先課題として掲げ、様々な開発プログラムを実施している。「2025年までの極東バイカル社会経済発展戦略」が策定され、国家プログラムの執行機関として極東発展省が設置されたことは、政府の極東重視姿勢を端的に表すものである。
 まず、極東地域の概況を抑えておこう。極東地域はロシアの国土の45%(約773万平方キロメートル)を占める一方、そこに住む人口はわずかに約1000万人(全人口の7.5%)である。しかもソ連崩壊後、ヨーロッパ部への人口流出が起こり、20%も減少している。極東地域の主な産業は、天然資源の採掘・加工、林業、漁業、運輸流通であり、航空機産業や造船業といった製造業もあるものの、域内総生産はロシア全土のGDPの6%を占めるに過ぎず、工業生産にいたってはわずか3%である。厳しい気候条件のために、極東地域の広大な土地や豊富な資源は十分に活用できていないが、裏返せば成長ポテンシャルが大きいとも言えるだろう。
 極東地域の経済の特徴として、ロシアのほかの地域とのつながりが希薄であることにも注意されたい。これは極東地域とその他の地域を結ぶインフラが近代化改修を必要とするシベリア鉄道とバム鉄道に限られているためである。事実上、バイカル湖を境にロシアは東西に分かれてしまっているといえる。それゆえに、極東地域の開発にはこの地域をロシアの他の地域と結びつけるという意味も込められているのだ。
 このように、極東地域の開発は経済的な意味でも政治・社会的な意味でも優先すべき政策課題として位置づけられており、「シベリアの力」パイプラインの建設、沿海地方での石油化学コンビナートの建設、ナホトカ港の整備、ザバイカル地方2での鉱山・冶金クラスターの形成などの一連の大型プロジェクトが進められている(個人的には、これらに加えて製造業分野にも投資が広まる必要があると考えている)。これら大型プロジェクトには1000億ドルが必要となるが、この金額を連邦政府からの投資だけでカバーすることはできない。民間投資なくしてプロジェクトの実現はおぼつかない(プロジェクト予算のうち1/6は連邦政府からの投資、残りの5/6はロシア国内外の民間投資によってあてがわれることを想定している)。そこでロシア政府は「優先発展地域」という新しい制度を作り、国内外の民間投資を誘致し、極東開発を加速化しようとしている。
 「優先発展地域」では、スコルコボ3や中国深圳の経済特区の経験を踏まえ、①税の減免、②用地取得手続きの簡素化、③移民規制の緩和、④行政手続の簡素化、など一連の優遇措置が講じられている。これらの措置によって、極東地域のビジネス環境は格段に良くなるだろう。だが、誰が「優先発展地域」に進出するのだろうか?昨今のロシアを取り巻く国際環境を踏まえれば、外資系企業は中国企業以外の参入は見込めないかもしれない。政治の観点から言えば、これは極東地域において中国の影響力だけが著しく高まることになりかねず、好ましくはない。アジア太平洋地域全体で見たとき、日本、アメリカ、中国、韓国、そしてヨーロッパ志向のロシアが地政学的バランスを保っていることが重要であり、日本や欧米諸国の企業も参入することが望まれる。
 今後数年間のロシア経済の成長率は良くて1~2%程度しか見込めない。民間予測では2015年はマイナス成長となるとさえ言われている。ロシア経済の低成長化は、石油やガスといった天然資源に過度に依存した経済構造によって引き起こされる構造的な問題であり、この問題を解決するには、石油やガスといった天然資源に依存したロシアの経済構造をハイテク産業を基盤としたものへと多角化・近代化することが不可欠である。だが、そうした抜本的な改革は一朝一夕に達成できるものではなく、今後数年間は低成長に甘んじざるを得ないだろう。
 経済成長の鈍化は社会にも大きな影響を及ぼすだろう。2000年のプーチン政権発足以降今日まで国民は経済成長を謳歌してきたが、今後、低成長期に入れば現在の生活水準の維持は困難となり、社会に不満が募ることで政治的安定が毀たれる可能性が出てくるからだ。社会の安定を重視するプーチン政権としては、ロシア経済を成長軌道に戻し、成長の果実を再び社会全体で受け取れるようにしなければならない(私見だが、プーチン氏は2018年の大統領選挙にも立候補するだろう。仮に次の選挙で再選されれば、プーチン氏は2024年までロシアを指導することになる)。だからこそ、今のうちに経済の多角化と近代化に着手しなければならないのだ。プーチン大統領は先の教書演説4のなかで、経済の自由化を進め、非常にリベラルな経済政策を実施すると宣言しているが、前途は容易ではない。こうした転換を進めてゆくためにも、ウクライナ問題の解決と欧米諸国との関係改善は欠かせない。今後、近いうちに何らかの外交上の妥協がみられるだろう。
 最後にロ日関係についても触れておこう。安倍首相の対ロ関係重視の姿勢は、極東地域でのロ日両国の協力拡大につながっている。極東地域において日本からの投資は非常に重要である。現在は資源分野に投資が集中しているが、今後はハイテク産業や製造業にも投資が広がってゆく必要がある。資金や技術の提供元として、ロシアは日本の役割に大いに期待している。また、知的交流が促進されることにも期待したい。ウラジオストクの極東連邦大学を基盤にアジア太平洋地域における知の拠点づくりが取り組まれている。
 ロシアも日本も民主主義、市場経済、人権という価値観を共有しており、この共通の価値観を元に様々な分野で両国の協力関係が発展することを期待している。

1 今回の講演では、便宜的に極東連邦管区全域(サハ共和国、ハバロフスク地方、沿海地方、カムチャッカ地方、アムール州、マガダン州、サハリン州、チュコト自治管区、ユダヤ自治州)とバイカル地域(シベリア連邦管区のブリヤート共和国、ザバイカル地方、イルクーツク州)を含めたものを極東地域と呼ぶことにする。
2 バイカル湖東部と東南部の地域をさす。
3 モスクワ郊外にあるロシア版シリコンバレーのこと。
4 2014年12月4日に実施。


以 上