JIIA国際フォーラム
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パネル・ディスカッション「イラク戦争とメディア」

7月7日、当研究所大会議室において標記パネル・ディスカッションが開催された。パネリストは、秋元千明・NHK解説委員、高畑昭男・毎日新聞社論説委員、藤田博司・上智大学文学部新聞学科教授、内藤正彦・テレビ朝日報道局記者、モデレーターは重家俊範・当研究所主任研究員が務めた。パネリストの発言および参加者を交えたその後の議論の主要な点は、次のとおり。

1、イラク戦争の報道に関わる最大の特徴は、大量の映像が提供されたにもかかわらず、それらの意味付け、解説が十分でなかったことにあるのではないか。米軍同行取材により、行軍や砲撃、銃撃戦の模様を伝えたハイテク機器の多用も今回報道の特徴である。しかし、それらは当該部隊に限られた情報であり、かつ取材者自身も眼前の状況につき米軍からの情報がないため、全体として何が生じているのかわからないままに映像のみが送られるという状況が多かった。米軍は、ベトナム戦争や湾岸戦争の教訓から、取材に積極的に応じるという方針をとったが、それは同時に報道が米軍の心理作戦に利用されるという側面を持つことになったのではないか。同行取材も選択的にしか認められず、取材が認められたのは空母と南部戦線のみであり、地中海上の空母や特殊部隊が展開した西部・北部の戦線では何が起こっていたのか、未だに明らかではない。それゆえ、伝えられた各映像がイラク戦争という全体の中で、いかなる意味を持っていたのかが終始わからない報道になったのではないか。

2、日本のメディアは、開戦前の状況について、国際社会対イラクという構図からブッシュ対フセインという単純な二元論に走り、その対象をブッシュやネオコンに縮小してしまった。単なるアメリカ叩きではなく、イラク問題が世界に与えた意味を伝えるべきではなかったか。また、イラク戦争後にCNN幹部が、開戦までイラクとの関係を考慮して、フセイン政権の謀略や残虐行為に関わる報道を伏せていたと告白した。おそらく、同様の状況は日本の大手メディアにもあったではないか。日本のメディアもなぜ書かなかったのか、書けなかったのかという問題を検証すべきであろう。

3、日本の米支持は、日本外交の両軸であった対米同盟と国連重視が股裂き状態となったなかで行なわれた。これは対米批判で済まされるような問題ではなく、メディアを含めた日本がこれまで選択してきた姿勢に、ジレンマが突きつけられていることを意味している。

4、米メディアの報道や対応には、(1)外部のコメンテーターの75%が現職や元職の政府関係者で、戦争に対する見方が限定され、少数派の立場が取り上げられなかったこと、(2)特にFOXテレビを象徴的な事例として、保守的な立場が強調されたこと、(3)速報のための不正確な情報のみならず、当局への追随姿勢が目立ち、特に大量破壊兵器に関してはメディア操作・情報操作が盛んであったこと、などの特徴がある。今日の米ジャーナリズムには、かつて存在した健全な批判性が欠けてきている。過去20年ほどの間にメディアが次々と巨大資本の傘下に入り、ウォーターゲート事件に見られたようなかつての活力が失われてきている。そこに9.11事件がメディアに与えた衝撃が重なり、米ジャーナリズムのスタンダードが揺さぶられている。このような傾向に歯止めをかけるような動きが出てきていないことが、最大の問題かもしれない。

5、今回の事例は、メディアとナショナリズムという問題も提起した。ベトナム戦争時の米メディアおよび国民は、ベトナムに対する加害者意識を有していたが、イラク戦争では自らがテロ、大量破壊兵器、フセイン政権の被害者という意識を持っていた。「グローバル・メディア」または「国籍のないメディア」を標榜していたCNNでさえも、その報道にはナショナリズムを考慮する傾向があった。

6、かかる中にあって、BBCの報道姿勢は総じて評価に値するのではないか。

以上  
(松本弘)